~スタッフKPP日記~

 

2018年に14歳で亡くなった私の息子が
いま生きていれば22歳

当時の同級生たちも社会人になっていたり今春卒業を迎える年だったりと様々で

そのうちの1人の友人が4月から教師になるということで先週
卒業のための論文資料を持って会いにきてくれました


その中に

 


友人が教師の道を目指そうと思った動機として


息子が自死したときに

彼の相談を聞いてあげることができなかったとありました


修学旅行から帰ってきたばかりの
休み明けの学校で

いつもなら当たり前にみんなと会える朝に


そこに居るはずの仲間と突然会えなくなる理不尽


まだ柔らかい心の中学生には
受け止めきれない現実

とてつもなく大きなショックで
きみたちにも辛かったんだろうな



それでも


今なお友人が息子への思いと共に
一緒に成長しているその様は

 


亡くなった息子の親であるこの私自身にも

 


 

生きていることの理由に意味を与え続けてくれるのです

 

紅芋スペシャル

 

未だに我ながら

自分でも不甲斐なく情けなるときもあるけど

 

こういうふうにしかできないから

 

こいうふうにして

 

今は生きる

 

 

次回開催は2026年2月21日(土曜日)午後2:00からです

子供を亡くした自死遺族によるオンラインの分かち合い

参加費無料(事前予約制)
お申込みお問い合わせはホームページ
https://sites.google.com/view/zishiizoku/
または
harehare.monono@gmail.com
までメールでどうぞ 

 

 

 

 

~スタッフTMY思い出巡り~

 

家から少し離れた所に自然の地形を利用した公園があります。
娘は犬達を車に乗せて、私を散歩に誘ってくれました。
「お母さん、これ着てみて。暖かいよ」と着ていた厚手の黒い上着を差し出しました。
「いいよー。そうするとあなたが寒いでしょう?」と言うと、「大丈夫だよ。私は寒くないから。いいから着てみて。暖ったかいけん」
あなたがそこまで言うのならと思い着てみました。
確かに暖ったかかったよ。

今日明日以降は寒気が居座るとのこと。
さて、何を着て行けばいいのかなー。
クローゼットの中には、あの時の黒の上着が掛かっている。
私は6年ぶりに娘の上着に手を通し、あの時の会話を思い出しながら仕事に出ました。

2020年10月に
娘を失くしました。34年と11か月でした。
9月頃から元気がなかった。脱力した様な、疲れた様な表情をしていました。「何だか元気ないよね。何かあったの?」と尋ねても「別に」としか言わない。
テレビで放映されていた「君の名は」をチラチラ見ながら夕飯を食べている。
元気がないけど、ご飯は食べているしなー。食事は摂れているし、テレビも見ている。
時々不機嫌そうな表情をする時は以前からあったし…。そう思っていました。
2階へ上がろうとしていた私の目に映った娘は、背後に先の尖った氷の結晶なものを纏っていました。
ひょっとしたらこの子は死ぬかもしれないとそう思った。
呼び止めて話そうとした時に家族から声をかけられ、タイミングを逃してしまいました。それなのに。
声をかけても返事もしない。黙ったままで二階に上がる娘に抗議をしたくなり、気難しい娘やねと声に出してしまった。
自分自身に気持ちが向いてしまった。
生きている娘を見たのはそれが最後でした。

よく一緒に入っていたうどん屋さん。ラーメンの一蘭。ポケモンに連れて行ってくれた色々な場所。
外出先から電車で帰って来る時は、頼まなくても駅で待ってくれていた。軽トラに砂利袋を積んで二人で砂利を庭に撒いた。小学校以来手にしたことのない針と糸を使ってズボンの裾上げをしたらしい。
あまりにも下手だったので私がやり直すと、「苦労してやったのに」と少し口を尖らせて不服そうに言いました。

紺色の裾上げテープと紺色のカタン糸。今も裁縫箱にあります。
それを見ると涙が出てくる。

暗闇が嫌いな子でしたが、夜間に山の上にある神社までポケモンを置きに行ってくれた事があります。
暗闇の中にスーッと一筋の光が降りてくる。
とても印象的でした。
スマホのライトを点けながら階段を駆け下りてくる娘がいました。

なんでも一生懸命な子でした。人の面倒をみるのが好きで、人のために動く子でした。優しかった。
あの時に声をかけていればまだ生きていてくれたのだろうか。

人一人いなくなっても世の中は何事もなかったように回り続けている。春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来て。また春が来る。


犬達と一緒に通っていた公園も、砂利道が舗装道路になり、間引きされた木はいかにも風通しが良さそうです。垢抜けた公園になりました。
畑だった所には新しい家が建ち、娘がいた頃の風景がなくなってしまいました。
時と共に記憶の隅っこに追いやられている気分です。
この世に生まれて一生懸命に生きてきたのに。月日と共に周りからも忘れ去られていく。


でも、私は忘れないからね。
一緒に生きていこう。

 

 

次回開催は2026年2月21日(土曜日)午後2:00からです

子供を亡くした自死遺族によるオンラインの分かち合い

参加費無料(事前予約制)
お申込みお問い合わせはホームページ
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までメールでどうぞ 

 

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9名の方がご参加くださいました

ありがとうございました

毎月の会の終わりに心穏やかにその月の誕生花をご覧いただいております

1月の誕生花はシンピジウム・コチョウラン・ナズナ

 

シンピジウムの花言葉「飾らない心」「誠実な愛情」

 

コチョウランの花言葉「幸福が飛んでくる」

 

 

ナズナの花言葉「あなたに私のすべてを捧げます」

 
 

シンビジウム

「飾らない心」「誠実な愛情」

ギリシャ語の「cymbeキンベ(舟)」と「eidosエイドス(形)」を語源とし、大きく幅の広い唇状のリップが舟に似ていることに由来するといわれます。

幕末の1859年トーマス・グラバー(1838~1911年)が、上海経由で持ち込んだ日本に渡来したはじめての洋ランで、長崎市の観光名所「グラバー園」では現在も、その子孫の栽培が続けられており、ラン愛好家たちから「グラバーさん」と呼ばれて愛されています。

 

コチョウラン

「幸福が飛んでくる」

名前の由来は、優雅に舞い踊っている蝶に見えることから名付けられました。

 

ナズナ

「あなたに私のすべてを捧げます」

花言葉は、実の形が羊飼いの財布に似ていることから、自分の全てを捧げるという意味が生まれました。

また、ナズナの別名「ぺんぺん草」は、実が三味線のバチに似ていることに由来します。


 

次回開催は2026年2月21日(土曜日)午後2:00からです
子供を亡くした自死遺族によるオンラインの分かち合い

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我が子を喪ったとき

私は母親失格のレッテルを貼られた

もう生きる価値のない人間

そう思った

 

藁をもつかむ思いで参加した初めての分かち合いは

関係を問わず大切な人を自死で亡くした会だった

 

その場所での共通した気持ちは

愛する人を自ら逝かせてしまったという自責の念

助けてあげることができなかった後悔

守ってあげられなかった無力感

 

そうして逢いたい気持ちは皆同じ

 

私だけじゃない

 

この痛みを

この苦しみを

この切ない愛しさは同じ想いなんだと

 

目には見えないけれど

感じられるものは同じだった

 

 

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「ハッブルなないろフォレスツリー」では

親としての想いを分かち合い

我が子とともに成長できる場所だと思う

 

「ハルニレ」では

ひとりの人間として

愛する人への想いを語り合うことのできる場所だと思う


ひとりぼっちじゃないから

同じ想いを抱えた仲間が待っています

 

 

必要な人に届きますように

 

 

 

 

 

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