ペンジケント | A-TEAM HASEGAWA の人生100%

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5月5日(日)
タジキスタン🇹🇯
【ドゥシャンベ→ペンジケント】

昨日のドライバーが約束通り、8時に迎えに🏨
車内会話はずっと相手の携帯の翻訳機で他愛もない会話を
途中広告が入り遮断されながらも…
またネット繋がらない時は無音で
名前はトジュッツさん39才、子供は5人いるそうで。
アイニーと言う街で警察官にスピード違反で捕まってしまい…
道中ずっと山道。雪降ったり、雨降ったり、晴れたりの1日。☀️⛄☔
5時間かけて着いたのが、世界遺産【サラズム遺跡】

サラズムの遺跡の発見で、紀元前4000年から3000年頃に中央アジアの人々がこの地に暮らしていたことが分かり、さらに都市が造られていく過程も知ることができるようになりました。遊牧民が家畜を放牧する高原や、農作物を耕すのに適した土地などから交易も栄え、その範囲はトルクメニスタンからイラン高原、さらにインダス川の流域とインド洋までと考えられています。こうしたことからサラズムの遺跡は、中央アジアで最も古い都市遺跡の一つと言われています。
サラズムの歴史は古く、約5000年前から中央アジアで金属を生産、加工する中心都市として発展したと考えられています。サラズムの遺跡からは装飾品や宝石、皮製品なども発掘され、サラズムの王妃と名付けられた遺骨も発見されました。この遺骨は見事な装飾品で飾られ、丁寧に埋葬されていたことからかなり高貴な人物だったと考えられています。中央アジアの歴史において貴重な発見であったサラズムの遺跡は、2010年にタジキスタン初の世界遺産として登録。

②ペンジケント遺跡

ペンジケント遺跡は、6世紀から8世紀にかけてペルシャ系の民族ソグド人が築いた都市遺跡。ここはシルクロード時代に交易をしていた商人のソクド人が築いたソグディアナの中心地でした。8 世紀のアラブ襲来の時に、住民が街を放棄したままの状態で古代都市の原型をとどめてるため【中央アジアのポンペイ】と呼ばれているそう。


③ルターギ記念・歴史郷土博物館

ルダーキーは中央アジアのペルシャ系国家サーマーニ朝の詩人


④バザール


犬が道路の真ん中にいたから、何とか歩道へ誘導したけど、『追いかけるな』と吠えて、また歩道へ。轢かれてなければ良いが…。
夜はホテルにも近くにもレストランがない為に、3~5キロ森に入ったレストラン🍴(それでも片道150円)
通されたのは個室。何か取調べを受けそうな部屋www
川魚ばっかりこんなに食べれるかいwww
帰り道は森の道を真っ暗の中、タクシーで帰路へ🏨
女性だとさすがにびくびくするんやろうな

さっ、いよいよタジキスタンの旅も終わり。明日はタクシー乗り、国境をまた歩いて超えて、またタクシー乗り換え、ウズベキスタン・サマルカンドへ。

その後は列車に4時間乗り、またまたまたタシケントへ🚃

タシケントから飛行機✈️で向かう国は🇰🇿 











































































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