依存について考える。 | 堕落と自由と哲学者

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何かしらの確認用です。

『自立』と『依存』が混在する世界。共存していくことは果たして可能なのだろうか。矛盾を突き詰めた先に真実はあるのだろうか。

ども、人間です。

答えが出ないことに慣れたはずが、またまた迷宮に自ら足を踏み入れてしまったようです。

『矛盾』ってのは『綻び』だと思っているので、その綻びの先には何かしらの糸口があると考えてたのですが、甘かった。

自立している人が何かに依存することは一般的なのでしょうか?

自立の反動が依存という形になって現れるのでしょうか?

依存しないことを自立と呼ぶのではないでしょうか?

うーん。
実際『依存』と『執着』と『病気』の違いも曖昧だし、日常生活に支障がなければ放っておくのが一番なんでしょうけどね。

世の中には『自立した二人が共依存』ってタイプもあるし、外野がとやかく言っちゃいけません。
ってのは、わかってるんです。

本人が良ければ良いのだけれど、本当に良いのか謎の場合も多いし、手を差し伸べるべきか否か難しい。

酒や煙草やギャンブル、物欲や肉欲や金銭欲。
人の欲望なんて際限がありませんから、何かに依存していることが当たり前なのかもしれません。

それでも、社会的に自立した大人が何かしらに依存し、生活に支障をきたし始めてるのを見過ごすのはどうなんだろうと頭を抱えるばかりです。



人間に何か出来るとも思いませんが、なんとか知恵だけでも振り絞ってみたものの、結論出ず。

もう少しひねろっと。