幸福について考える。 | 堕落と自由と哲学者

堕落と自由と哲学者

何かしらの確認用です。

案外、他人に決められた幸福の形を追求する人生も悪くないのかもしれない。目的なく生きることほど辛いことはないのだから。

人生の最終目標って何でしょうね?
幸福って何でしょうね?
幸せにこしたこたぁないでしょうけど、幸せの形って曖昧ですよね。

けどね。
なんちゅーか。
小さい頃から幸せな夫婦を見て育った子供は、結婚イコール幸福と感じるように脳が出来てるんじゃないかなぁ。

何が自分にとっての幸福なのかを、一から探し出すのは至難の技だと思うんですよね。
誰かの幸せに憧れて、誰かの幸せを真似て、幸せになってく人が多数なんだと思う。

昨日は取り乱してしまいましたが、一夜明けて残業に明けくれて、家に帰ってアニマックスを見てて思っちゃったんですよ。
一人で良かったって…。

誰かと歩む人生が幸福とされてる世の中なのは重々承知してるんですが、もう難しいかもしれません。



…。

こ、これは俗に言う『人間不信』ってやつでは?

あっ、腑に落ちた。

『幸福とは、誰かの笑顔の為に生きることであり、その誰かも同じ想いを抱いてくれていることをさす。』

うん、シンプル。
けど、今はきっとその『誰か』ってのに怯えているから、幸福ってのがよくわかんなくなってたんだな。




結局、人間ですね。