教育について考える。 | 堕落と自由と哲学者

堕落と自由と哲学者

何かしらの確認用です。

教育とは刷り込みである。洗脳と言い換えてもいい。人の『当たり前』を塗り替える作業。計画はお早めに…。

年とると『当たり前』の濃度が濃くなっちゃうから、塗り替えが大変なんだよね。

最近、子育てに関する本と、部下を育てるみたいなビジネス本を読み比べるのにはまってるんだけど、書いてある事はほぼ同じなんだよね。

教育ってのに年齢は関係ないのかしら?
教育される側と教育する側の関係性の方が重要なんかな。

信頼の上に『飴とムチ』をバランスよく配置。
これが教育の上手いやり方らしい。

けど教育する側に何を教えたいか、何を学んで欲しいのかの明確なビジョンがないと伝わるもんも伝わんないよね。

個人的に教えるのが一番難しいと思ったことは、
『自分で考え自分で動く』
です。
自発性ってやつですね。
素直に教育される人は教えてもらう事は上手ですが、自発性が伸びにくい。
教育に反発する人は教えてもらう事は苦手ですが、自発性がある。

だから自発性を教えるのは難しい。
まぁ、一番簡単な方法は『その人が痛い目にあうまで放っておく。』でしょうね。


過保護になるのは簡単です。

『見守る』

一番難しい教育だと思います。