物語について考える。 | 堕落と自由と哲学者

堕落と自由と哲学者

何かしらの確認用です。

人々は物語に価値を見出だすようになった。それは物が溢れ飽和した世界で、人々が価値を見極める権利を放棄した象徴と言えよう。

巷を賑わすゴーストライター事件をボケーっと眺めていて思った事です。
一番最初に感じた事は、
『えっ?詐欺?』
でしたけどね。

いろんなメディアの報道の仕方を見てると、大衆がいかに物語に飢えてるのかがわかります。
ネットではそんな大衆に対して、
『音楽そのものを評価出来ない方が問題だろ。』
なんて意見も出てます。

何に価値を見出だして、何にお金を払うかなんて人それぞれだと思うけどね。

例え、物の価値がわからなかったとしてもいいじゃない。
流行とか感動とか物語にお金を払いたいと思ってくれる人がいなきゃ、経済回らないよ?

そんで、物語に金使った人が今回のゴーストライター事件で怒るのは当然よね。
だって物語が嘘だったんだもの。

全ろうの何とかさんに関しては、自らを障害者と偽ってたわけだから税務署やら警察が出ればいいだけの話だと思います。

音楽に価値があるなら、物語にも価値がある。
ただ物語ってのは、権利関係とコンプライアンスちゃんとしてないといきなり無価値になっちゃうからね。


『実話』に価値がある物語ってのは取扱いが難しい。

確実に稼ぐなら『フィクション』
これ、正解。