正論について考える。 | 堕落と自由と哲学者

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何かしらの確認用です。

正論とは時として、正しいと判断されない。その時、正論は最早正論ではなくなるのだが、それでも正論は正論と言われ続ける。なぜなら間違っていても正論は正論だからである。

あー、軽くゲシュタルト崩壊。
今日一日で十本のブログを更新してやるっと無駄な意気込みを撒き散らしております。

さて、冒頭の話を無理矢理広げていきましょうかね。

人と上手くいかなくなった時あなたは、
『私の何がいけないんだろう?』
と考えますか?それとも、
『相手の○○のせいだ!』
と考えますか?

前者も後者も、きっと正解ではないんでしょうね。
自分の中にある正論と、相手の中にある正論をぶつけ合ったところで、生まれるのは決して笑顔ではないはずですから。

この数日、自分の人生を顧みてたわけですが、ただただ漠然と、
『何がいけなかったんだろうなぁ…。』
って思いしかわかないわけでして。
今の状況が悪いとも思わないんですが、良い機会だし考えてみるか的なノリで。

多分なんですけどね。
自分の悪い癖は、正論を正論だと思い込んじゃうところなんですよ。
自分の何が間違っているのかわからなくなる。

『そんなにみんな強くないよ。』

何度言われたことか。
それでも学習しないって事は、周りに恵まれたからだろうなぁ。

本当に一人ぼっちになれば、きっと嘘もつけるようになるのでしょう。

あーあ、また正当化してる。


『正論の正当化』
これ、まずいやつですよ。