ふゆみっこ~136cmの小人~ -14ページ目

ふゆみっこ~136cmの小人~

日常や詩を載せています

どんなに苦しくても

どんなに辛くても

明日は、必ず来る

なんの根拠もないけれど

『大丈夫、絶対乗り越えていける』

その言葉だけは、真実

現実から目を背きたくなる時もあるけれど

時には、センチメンタルになるけれど

悩んでる暇なんてない

落ち込んでいる暇なんてない

そんな暇があれば、前に進んで生きていきたい

そう思わせてくれた人が居たから

今の私がいる

『ほら、明日はもうすぐ今日になるよ』

この手を引っ張ってくれた

だから、信じて進むんだ

未だ見ぬ、終わりのない世界へ。
誰もが、長所や短所を持っていて

その長所をどの場面で出せるか

短所や弱みをどの場面で出せるかを、探していて

長所を活かしながら、短所とどう向き合えるかを日々容赦なく神様から試練を貰って

上手くいかないことに、人間の弱さを痛感して

その弱さを如何にさらけ出し乗り越えられるかを、もがきながら探し出して日々を歩んでいく

器用に生きられない日々だけど

泥臭くていい

汗まみれでいい

『生きること』を誇りに、勲章に思えるように歩んで行きたい










展覧会からの、ただいまです。
今年は、コロナの中の開催だったので観てくださる方は少ないだろうなと思いきや、リピーターも居るほど、たくさんの方々が来てくださったそうです(展覧会のオーナーから聞きました)

そして、最終日ということもあり展覧会の参加者全員で写真を撮ることが出来ました←嬉しくて、涙腺崩壊寸前だった

今の状況下、来年また開催できるか不明との事ですが、出来たら嬉しいなと思いましすニコニコ

ある日、どこまでも純粋な少女がいた

その子は、どこまでも透き通った目で将来に目を輝かせていた
でも、実際はそうではなくて
貧困や障害差別、罵詈雑言に悩む毎日だったのだ
選択授業には、ひとりぼっちにされ
給食の時間さえも1人
遊び相手なんて居るはずもなく
1人で耐え忍んでいた
それでも、人を信じることを諦めなかった
『大丈夫、きっと何処かに私を見てくれる人がいる』と思っていたから。
『明日は、大丈夫』『いつか、皆わかってくれる』そう思い込んだ
それが自分への負担、身体を蝕んでいるとも知らずに。
机に白い花
目が合えば暴力や罵詈雑言
誰にも、悩みを打ち明けることなく心を閉ざしていった
それは、全身を蝕み
今も苦しみ続けている事を、あの時の人達は知らないだろう
『時が解決してくれる』
それは、ただの理想論
人が描いた空想の世界
頼みの綱の大人には見捨てられ
誰にも頼ることなく苦しみ続け
自ら命を絶つのだろう
明るい未来や

約束された未来なんて、要らない

『永遠に一緒だよ』

なんて、そんな言葉で片付けないで

そんな簡単な言葉で、信じさせないで

全てが怖くなるから

私だって、永遠に一緒に居たいよ

でも、それは罪なの

だから、そんな些細なことさえ罪なのであれば

私は罪人になる

どんな罰でも受けるわ

貴女とずっと一緒に居られるのならば、その位容易いこと

私の永遠は、貴女の為にある

世界でたった1人の、貴女の為に捧げよう

私の人生をかけて。
それは「私は自分自身や人を憎んだり、独りになる事で自我が形成されているのでは」と思う

持病の事(脳、腎臓、足、メンタル)の事を自身のせいにしたり、はたまた人のせいにしたり。

無意味な事だと分かっていても、そうせずには居られない私がいる
まだまだ幼稚だなと思う

だから、別の人格が頻繁に出てきたり、メンタルが崩れやすくなっている今日この頃。

どうやって解決したらいいのかなぁと悩む毎日なのであります

「時が解決してくれるさ」と言う人も居るけれど、人の命は有限でしょう?

だから、焦ったりとかして失敗するのよね。
生きにくい人生、世の中やなあ。



人と一線を引くのは

とある人を差し置いて、私だけが幸せになってはいけないと思うからで

喜楽を捨てたいと思うのは

やっぱり、同じ理由なわけで

感情を全て捨てたいと思う今日この頃な訳で

罪悪感から逃げたい

と思うし、とある人を独りぼっちにさせてはいけないと思うから。

大袈裟と言われるかもだけど

その人のためなら、人生全てを差し出してもいい

命をくれと言われたら、喜んで差し出す

それくらい、大事な人なわけで

「その人のことを忘れろ」

だとか

「そんな人のために犠牲になるな」

と言われても

私には、あの人しかいない訳であって

あの人がいるから、この世を去っても怖くない

そんな事さえ思う

今はだいぶ落ち着いたけれど

手首切りや、足切り、薬の過剰摂取しまくってたのも

その人に今すぐに会いたいからであって

その人がいない人生なんて、下らない、要らないとまで思うから。

そんな感情を抱くのさえ、許されないのですか?

そういうのであれば、私の人生は拷問そのものです。

私の選択が間違っているとしても

その人のために捧げるのであれば、それが私の幸福なのです。


いよいよ、展覧会の方が近づいてきました
9月9日(水)~9月13日(日)
です。
[展示時間]12:00~18:00(最終日は16:00まで)
「場所」〒220-0012 横浜市西区みなとみらい2-3-5
クイーンズスクエア横浜クイーンモール2階
です。

尚、ご来展された方には
①検温
②氏名、住所の記名
③アルコール消毒

を、促されると思います
ご協力の程、よろしくお願い致します

コロナの関係上、来展される方は少ないと思いますが、丹精込めて作った作品たちを、どうか見にいらしてください!

今は、風前の灯火だとしても

この小さな小さな生灯火は、消えることなどない

消えることを、許さない

「明日で最後かもしれない」

そんな不安が容赦もなく襲ってくるけれど

いつまでも立ち止まって居られない

立ち止まったままでは、いけないの

1cmでもいいのよ

ただ、ひたすら前を向いて歩けること自体が、素晴らしい1歩なのだから

少しの勇気、強い心を忘れずに生きていこう

未来に向かって走り出そう

手に入れよう

あなただけの生灯火を。

…を、目標にしていました

が、なにがストレスなのかが分からぬまま、そもそもストレスとは何か?と考えているうちに、突発性難聴フラグなうな感じ。
左耳は、突発性難聴界隈でよく言われる「ボイラー室の中にいる時のような音」が大きくて、ほぼ日常生活の音が聞こえていません。
会話等。
右耳だけで過ごしています

きっかけは多分今月の3日に通院した時に、男性のお医者様に触診と称して触られた事。

元々、男性恐怖症というか声が大きい人や、スキンシップの激しい方、医者や教師という職種に就かれている方のみに拒絶反応を起こしていました
それが、今になって症状として現れました
次の通院の時にお医者様を変えられないか、相談しに行くつもりです

日常生活は、我が家のお犬様に癒される毎日。
まぁ、家族関係で色々あるのもストレスのうちかなぁと思うのです

また、気持ちに余裕が出来たら詩作活動に勤しむ予定なので、また見ていただければ嬉しいですニコニコ