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田口裕史のブログ

戦争責任や戦後補償の情報を提供します

 韓国・ソウルの西大門独立公園内に、「戦争と女性の人権博物館」建設が予定されている。「慰安婦」とされた女性たちの被害とたたかいの歴史を伝え、女性への暴力を根絶することを目指してつくられる博物館だ。

 

  同博物館は、韓国の「挺身隊問題対策協議会」が中心となり1994年から準備が進められてきた(2004年に建設委員会が設立され、本格始動)。「戦争と女性の人権博物館 日本建設委員会 」のウェブサイトには、これまでの経緯を示す年表や署名・募金の案内が公開されている。ぜひご訪問いただきたい。

 

 3月8日には、起工式が行なわれた(ハンギョレ新聞3月8日付記事同英語版記事 、日本語訳は「ハンギョレ・サランバン 」)。

 完成すれば、後の世代に貴重な証言を残す、世界的にも重要な記念館・博物館となるだろう。

  

 ただ、気になることもある。

 記事中にも言及されている通り、独立運動関連団体が、建築許可を出したソウル市に抗議の意思表示をしているというのだ。

 2008年11月3日、「光復会外32期独立運動関連団体一同」名で発表された声明書 は、「光復会および独立運動遺功団体は、韓国挺身隊問題対策協議会の「戦争と女性の人権博物館」建設は積極支持するが、現西大門独立公園内にある西大門刑務所は抗日抵抗の産屋であり民族の魂の聖地であるため、土地の性格上見合っていないという理由で独立公園内に博物館建築を全面的に反対することを明らかにする」としつつ、以下のように述べる。


 「独立公園内に「日本軍慰安婦博物館」建設を許可したのは、昨年の野外公演場建設推進と同じく、没歴史的な行為で、数多くの我が独立運動家と独立運動を汚す「殉国先烈に対する名誉毀損」である」

 「日本軍慰安婦博物館建築許可はまた、未来の主役である我が青少年に正しい歴史認識よりも、「我が民族は積極的な反日闘争より日帝によって受難のみ受けた民族」だという歪曲された歴史認識を植え付け、未来の世代に歴史的真実に対する混同を与えることをはっきりと知らなければならない」


 被害者の気持ちを考えると、こうした声明には胸が痛む。深刻な問題と受け止めたい。

 挺身隊問題対策協議会は抗議声明 を発表している(2008年11月3日)。


 なお、日本の市民団体も同じ日に連名で「光復会声明に対する声明 」を発表し、建設支持を表明した。


 「私たちは、被害国でこのような動きが起こっていることは、日本政府が明確な解決をしてこなかったことに起因していると考えます。「慰安婦」 被害女性たちが勇気をもって自らの人権回復を求めて立ち上がったことは、世界中の同じような性暴力被害を受けた女性にどんなに勇気を与えてきたことでしょう。世界の「女性の人権の実現」のための闘いの先頭に立って闘ってきた女性たちの勇気が、ICCなど現在進行形の犯罪に対処する国際的な仕組みを生んだ、国際社会の構造に影響を与え、アメリカ・カナダ・オランダ・EU議会の、そしてこの10月の自由権規約委員会の日本政府に対する決議・勧告を生み出したのです。
 しかし、日本政府はそうした被害者をはじめ国際社会の要請に耳を傾けることなく謝罪、補償から逃げ続けています。こうした日本政府の曖昧な姿勢が、日本や韓国での「慰安婦」問題の認識を育てず、むしろ誤った認識を温存させていると思うと、日本政府の責任の重さを痛感します」


 まっとうな指摘だと思う。

 今後の動きに注目したい。



 映画「光州5・18 」を観た。

 「光州事件」をテーマにした、韓国映画である。


 1980年5月、韓国・光州市において、民主化を求める学生や市民を韓国軍が弾圧するという事件がおきた。軍隊の暴力に対抗する市民の蜂起は当時の政府によって「暴動」「内乱」とされ、軍の行動の犯罪性が公的に承認されていくのは88年の盧泰愚政権成立以降である。死者154名、行方不明者70名、負傷及び連行・拘禁者が4138名とのレポートがあるが、いまだ正確な被害者数は不明と言われる(同事件については、光州広域市の「光州民主化運動」紹介ページ (日本語)、The May 18 Memorial foundation (英語)などをお読みいただきたい)。


 この映画について語るのは難しい。

 単純に「映画」としてみるならば、メロドラマ的なつくりや、殺戮場面の描き方への疑問等、技術的に言いたいことはいくつかある。しかし、いまだ癒えぬ「傷」として残るこの出来事の重さや、事件のなかで痛めつけられた一人一人の人間の記憶とつりあわぬレベルで、「作品」としてあれこれとこの映画を語ることに、どんな意味があるだろうか。しかも、事件の「外」にいた私に、一体何が語れるというのか。そう考えると、キーボードをたたく私の指は止まる。


 インターネット上で、いくつかの映画評を読んだ。

 そのなかで、もっとも印象に残ったのは、金正勲さんがお書きになった「「光州5・18」 28年前のあの日、今思い返す 」だった。

 韓国全南科学大学副教授で、夏目漱石の研究者である金正勲さん は、事件当日、予備校生として、デモをする市民の中にいた一人だという。現場を経験した人間にとって、この映画の重さは私の想像を超えるレベルのものであるだろう。書かれた言葉のひとつひとつに、圧倒された。私などには到底書けぬ文章である。ぜひ、お読みいただきたい。


 映画の最後には、「光州市民の皆さん、どうか私たちを忘れないで下さい。忘れないで下さい」という叫びの場面がある。この場面について、金正勲さんは以下のように述べる。


 「その叫び声は、先頭に立って積極的に闘いながら道庁で死んでいった市民軍と、そこに加われずに傍観していた一般人の間に存在する距離を指し示す。どうしてあなたは生きているのか。なぜ市民軍を救出できなかったのか、という問いに、苦しみと罪悪感を覚えない市民はいないはずだ。多くの市民がデモに参加したが、道庁を守るため最後まで残った烈士は少数であったからである」


 彼の言う「罪悪感」という言葉の意味を、たんに「下を向く」ものと捉えるのは誤解だ。金正勲さんは、「罪悪感に悩む気持ちこそ民主と平和を愛し、その価値を守ろうとする基盤であり、民主主義を脅すすべてのものに抵抗する原動力として働くのではないか」と述べている。

 「自分には関係がない」と割り切ってしまえば、問題との関係は切断される。楽ではあるだろう。しかし、むしろ、問題との関係を痛みとともに抱え続けていこうとする営みの中に、ゆたかな可能性がひらけてくるのではないか。 民主化の運動をたたかってきた韓国の市民たちの、成熟した精神が感じられる。


 彼の文章を読んだあと、私はもう一度、この映画を観た。

 「傍観していた者の罪責」は、1980年5月、テレビの前で事件を「目撃」していた私自身の「罪責」にも重なる。

 個人的には「罪悪感」「罪責」という言葉や意識とは別の角度で問題をとらえたいとは思うのだが、少なくとも、ここには、私がいままで「戦争責任」という切り口で考えてきた問題ともつながる部分がある。私たちの先達たちが行なった非道な事実と向き合うことが、よりまっとうな社会への模索につながると私は言い続けてきた。その意味でも、金正勲さんの文章は私にとって印象深かった。


 ふと、かつてNHKで放映されたドキュメンタリー「私は臆病者―ロシア人の“プラハの春”」(2004年)を思い出した。

 ソビエト連邦で政府批判のデモを行ない処罰された人々と、デモに行かなかった人々それぞれの、その後と現在を追った作品である。

 この作品については、また後日書くこととしたい。




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