政府が、かつて日本軍の捕虜となった元米兵とその子・孫たちを日本に招く計画をしているという(読売新聞09年8月13日付記事 )。
今年5月30日、テキサス州サンアントニオで開催された「全米バターン・コレヒドール防衛兵の会(ADBC)」総会で、藤崎一郎駐米大使が元捕虜に向けて「公式の謝罪」を述べた(US-JAPAN DIALOGUE ON POWS, INC.が運営するウェブサイト「捕虜 日米の対話 」に当日のビデオ映像など関連資料あり)。報じられた日本招待計画は、5月の「謝罪」の延長上に位置づけられる。
読売新聞記事中にも言及されている通り、1995年からの「平和友好交流計画」により政府は各国の元捕虜や若者たちを日本に招待してきたが、米国の元捕虜たちはその対象となっていなかった。交流計画の実現は、被害当事者が日本政府に求めていた対処のひとつでもある。
ただし、厳しい反応もある。
Telegraph2009年8月14日付記事 は、元捕虜の英国人Arthur Lane氏のコメントを紹介。元捕虜がすでに高齢となったことを述べ、計画の空疎さを指摘する彼の言葉には、日本への深い不信が読み取れる。彼らの訴えが黙殺されてきた年月の長さを思えば、この不信には十分な理由がある。また、同じ被害者といっても、個々の経験や感情はさまざまだ。許せない感情を抱え続ける人々がいるのは自然なことでもあるだろう。
以前から主張していることだが、なによりも、まっとうな補償法の制定が望まれる。また、被害者の解決不能な痛みをきちんととらえることのできる感性が、政治的にも文化的にも求められていると思う。
・ 「全米バターン・コレヒドール防衛兵の会」は今年6月に解散。現在は「捕虜次世代の会 」が活動を引き継いでいる。
・10年間にわたる「平和友好交流計画」の報告書は、ウェブサイトで公開されている(PDF文書「「平和友好交流計画」―10年間の活動報告―」平成17年4月12日内閣官房副長官補室(外政担当) 」)。
・英国の元捕虜による補償要求については、中尾知代『日本人はなぜ謝りつづけるのか―日英“戦後和解”の失敗に学ぶ (生活人新書) 』、および中尾知代「捕虜問題をめぐる日英〈和解〉の断層」『季刊戦争責任研究』第57・58・59号(日本の戦争責任資料センター )など