昨年12月16日、ドイツ文化社会史研究者で京都大学名誉教授の林功三さんが亡くなった。林さんは、ナチズムの歴史と向き合う戦後ドイツの「過去の克服」に強い関心を抱き、多くの貴重な論文や翻訳を発表している。2002年からは、「『心の教育』はいらない!市民会議
」代表としても活躍してきた方である。
林さんにお会いしたのは、じつは、一度だけだ。1995年8月、私が「心に刻む会(アジア太平洋地域の戦争犠牲者に思いを馳せ、心に刻む集会)
」の発言者の一人として大阪を訪問した際、会終了後の懇親会でお会いした。林さんの娘さんと私は以前からの知り合いであり、また88年に「日独平和フォーラム」でドイツの市民運動家たちとの交流を経験し「過去の克服」に関心をもっていた私は、お会いする以前から林さんの論文や翻訳書に多くを学んできた。会場で、「林功三です」と自己紹介され、すぐに、どなたであるかが理解出来た。
当日は、ドイツと日本の「過去の克服」について意見交換したり、当時問題になっていた「女性のためのアジア平和国民基金
」(政府を後ろ盾にした見舞金の支給により「慰安婦」問題に混乱を生んだ)にかかわる意見も求められた。「学者」として象牙の塔に閉じこもるのではなく、現実の問題にきちんと向き合う姿勢をもった方なのだという印象が強く残っている。
林さんは、かつて、「心のノート
」(全国の小・中学校で配布された道徳教育の副教材)作成者である故河合隼雄氏を痛烈に批判する文章を書いている。河合氏はユング派心理学者として有名だが、林さんはここで、ユングがいかにナチズムと結びつき、戦中・戦後の欧州において強く批判されてきたかを論じている。ぜひお読みいただきたい(「日本ユング派・河合隼雄批判
」)
その文章の中に、こんな一節がある。
「わたしは1928年生まれで、敗戦の年16歳だった。戦時中の日本には、少なくともわたしの周りには、不服従という事実がなかった。抵抗という概念さえもなかった。わたしは恥ずかしい少年時代を過ごした。今でもその恥ずかしさ、悔しさをわたしはぬぐえない。その恥ずかしさをバネにしてわたしは今も生きている」(「日本ユング派・河合隼雄批判(1)
」)
林さんは、自身の病気が悪化したあとも、市民集会に繰り返し参加し続けていたという。その話を伝え聞いたとき、私が思い出したのは上に引用した言葉だ。ドイツの「過去の克服」に強く関心をよせていらした理由も、こうした言葉を読むと深く納得ができる。
昨日(2月16日)は、京都で「林功三さんを語り合う集い」が開催された。その呼びかけ文
からは、周囲の人々の林さんへの愛情が読み取れる。
「教育基本法改悪後の昨年1月、体調を崩された後、呼吸補助器具を引きながら、5月に京都で開催された「改悪教育基本法の具体化を許さない全国集会」の先頭に立たれました。日々の会議から街頭アピールに至るまで、ほとんど参加されていた林さんの笑顔は、いつも私たちの大きな、かけがいのない支えでした」
「林さんを「偲ぶ会」を行いたいと言えば、きっと「そんなことより、これからのことを考えよう」とおっしるに違いありません。けれど、たいせつな方がいなくなった悲しみを共にし、これから生きていく私たちの力のために、林さんを思い、語り合う時間がどうしても必要だとお願いすれば、きっと頷いてくださるでしょう」
ブログを検索したら、こんなエピソード
も紹介されていた。筆者の「ようだい」さんは、林さんについてこう語る。
相手の立ち位置に 自分も立ち
相手の言葉に じっと耳を傾け
でも 自分の意見を きちんと説明する。
まっすぐで 透明な心の方でした
(「スタバの抹茶クリームフラペチーノ」treziland diary
)
こうした、日常的にお付き合いのあった方々と違い、私には、林さんの「人となり」を述べることなどできない。しかし、林さんの仕事から学んだものをいかしつつ、その意思を引き継いでいくことはできるだろう。とりあえず私がいまここでできることとして、林さんが残した貴重な仕事の一部を紹介したい。
【翻訳書】
●ヴァルター・ヤンカ『沈黙は嘘―暴露された東独スターリン主義
』(平凡社1990年)
東独で出版社を経営していた著者は1956年に国家反逆罪で投獄される。しかし、反ファシズム闘争期からの親しい友人であるはずのアンナ・ゼーガース(東独の高名な作家)らは真相を知りつつ沈黙、彼は無実の罪を負うことになる。本書はその経緯を述べたもの。
林さんは、本書出版後のドイツの議論の紹介も含め、「アンナ・ゼーガースはなぜ沈黙していたのか―ヴァルター・ヤンカ『沈黙は嘘』をめぐって」(『思想』802号1991年4月)という論文を書いている。あわせてお読みになることをおすすめしたい。
●ニコ・ロスト『ダッハウ収容所のゲーテ
』(未来社1991年)
著者は、ダッハウ強制収容所におくられた人物。収容所内での自身の体験や文学について綴った記録。アンナ・ゼーガースが序を書いている。
●クリスチアン・プロス、ゲッツ・アリ編『人間の価値―1918年から1945年までのドイツの医学
』(風行社1993年)
ドイツ医学界のナチス犯罪加担を問う研究書。1989年にベルリンで「人間の価値展」が開催された。ドイツ医師会が、自らの過去を検証しようと企画したものだ。本書はその資料の翻訳。1993年に日本でも同展が開催され、そのときに出版された。なお、日本で同展を開催した神奈川大学発行の『神奈川大学評論叢書 医学と戦争―日本とドイツ
』(御茶ノ水書房1994年)にも、木畑和子氏や吉田隆氏の論文があり参考になる。
●E.コーゴン『SS国家―ドイツ強制収容所のシステム
』(ミネルヴァ書房2001年)
米軍情報部作成の強制収容所に関する報告書をベースにまとめられた、ナチズム研究の基本的文献。原著は1947年刊。著者のオイゲン・コーゴン自身も強制収容所に入れられた経験をもつ。
●ヴォルフガング・ヴィッパーマン『議論された過去―ナチズムに関する事実と論争
』(未来社2005年)柴田敬二氏との共訳
タイトルに明快に示されている通り、ナチズムに関するこれまでの論争を総括した書物。「外交政策と戦争遂行」「社会政策と経済政策」「ナチスの対青少年政策」「女性とナチズム」などテーマごとに論じられている。
●ヴォルフガング・ケッペン『ヤーコプ・リットナーの穴蔵の手記
』(近代文芸社2007年)
林さんの最後の翻訳書である。じつは、申し訳ないことに私はまだこの本を読んでいないのだが、以下の各ウェブページに書評および紹介があるので参照願いたい。
・野田正彰氏による書評抜粋(熊本日日新聞07年8月12日付)
(近代文芸社のウェブサイト内)
・「ヤーコプ・リットナーの穴倉の手記
」(哲学舎)
・「ドイツにおける’過去の克服’と日本の現状-「ヤーコプ・リットナーの穴蔵の手記」出版に寄せて-
」(京女・九条ブログ)
・「私の中の非人間性を発動させる力に抵抗して生き延びられるか
」(須田実の部屋)
書かれたものは残る。
林さんが残した書物や言葉は、これからも、次代の多くの人々の「血」や「肉」となり、この社会を少しでもまっとうなものにするための大きな支えとなるだろう。
【追記】
「ジャーナリスト同盟」通信
に、林さんをしのぶ、長沼節夫さん(ジャーナリスト)の文章が公開されました(2月17日)。