「鉄則」の井上先生が、「国語物語文の予定調和はある程度親が教えなければいけない」とおっしゃっていますので、国語の教材から何か話題を提供することが出来ないかチェックするようにしています。
以下は4月マンスリーで出た「嫁と姑」の関係に関する解説をしたという話です(限定記事ですが)。
で、今週の国語Bの本文は、予定調和を解説するのにちょうどよいテーマでした。
(今日の授業で取り組む子もいるかと思います)
以下、要約です(記憶をたどった書き起こしなので誤りがあるかも。)
・戦時中、自分(当時小学3年)の行動が原因で2学年上のヒロ子(小学5年)が亡くなり、以後罪悪感を背負って生きてきた。
・時が経ち、ヒロ子と似た30歳くらいの女性の遺影を乗せた棺を運ぶ葬列を目撃する。
・「この女性はきっとヒロ子だ。ヒロ子は僕が殺したんじゃなかったんだ。」と罪悪感から解放される。
・しかし、棺の女性は、30歳よりずっとずっと年配の女性であることが判明。なぜ30歳の頃の写真を遺影にしたのか・・・。
・「その女性は、戦時中に小学生の娘を亡くした。その後、頭がおかしくなってしまったそうだ。」というエピソードを耳にする。
・「やはりヒロ子は自分が殺したんだ・・・。ヒロ子だけでなくその母親の人生をも壊したんだという罪悪感と共に生きていかなくてはいけないんだ。」
以上。
まず戦時中という時代背景について僕が思いつく予定調和(疎開、家族離散、貧しい生活、五体不満足など)を解説。
また、”びっこ”、”気違い”という表現に関しても、差別用語であるため今ではあまり耳にすることはないと説明。
文中に直接的には書かれていないが、ヒロ子の母親はヒロ子を戦争で亡くして以降、精神を病んでしまいとても写真を撮るような状態ではなくなってしまった。だから遺影の写真はおそらくヒロ子が亡くなる前にとった写真なんだよね。と。
ちょうど息子と近い年齢ということもあり、自分の母親の年齢と比較し、「30歳のお母さんだって!若っ!!」と事情の知らない妻に向かって叫ぶ息子。
以前は子だくさんが当たり前。疫病、戦争、働き手として子供がたくさん必要だった。現在は核家族だが昔は祖父母含めた大家族が一般的で子供を育てやすい環境だった。塾もないし笑
20歳での子供は当時は普通だったんだよ?と。
予定調和の説明は、時間が許す限り今後も続けて行かなければならないです。
やること多くて僕がパンクしそう