春分の日も近付き、3月6日啓蟄の頃も過ぎ、温かい日も何日か続くようになりました。
11日の「東日本大震災」から、早くも1年がたとうとしている。
まったく何も終わっていないけれど、世の中的には、
1年という区切りがあると
何か、終息の様な気配になる事が一つの国の仕組みで
悲しい気分になります。
節目がある事は、旧暦の二十四節季からも大切なことだと思う、
自然の仕組みと人間の都合で出来た仕組みとは
明らかに違う。
常に支配する側の都合が優先されるような世の中は相変わらない。
「継続する」
「くるくる回る幸せな仕組み」になっているかどうかが
大切ではないか。
「それに抗うモノたちもいる。」
名古屋の「おもてなし武将隊」もある種の終息宣言。
次の段階に進むという決断をしたようだが、険しい道を行く事になりそうだ。
そういう生き方もあっていい。
健闘を祈る。
「継続する中でさらなる高みを目指すモノたちもいる」
「長トラ」
http://ameblo.jp/nagakuterekishitravelers/
これまでの縁を断ち切る事はするべきではない。
すべての縁繋がっている。
「絆」ではない「縁」
どうも最近この「絆」という言葉が耳触りが悪い。
「多生の縁」が大切。
繋がりの深い者たちとの関わりだけではなく、
ちょっとした人との縁も大切に生きる。
「世界は6人で繋がっている」言った学者もいる。
時が流れた時、その大きさ、ありがたさに気づく。
セレンディピティの予感がする、コンサマトリーな生き方。
これからのマルチプル社会と向き合うにはちょうど良い。
「誰かがどこかで革命を起こすのではなく、
自分が毎日、身近なところで革命するのだ。」

