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事務受付の仕事で3年半働き続けられた一番の理由は、
休憩中や雑用のたびに外に出られる時間が
あったことでした。
外でご飯を食べたり、
銀行や、おつかいで少し外に出るだけでも、
それがわたしにとって大きな救いになっていました。
けれど、同じ職場、同じメンバー、
代わり映えのしない風景と単調な仕事、
そして販売目標のプレッシャーは、
少しずつ心と体をすり減らしていきました。
途中で上司が変わり、営業にも出されるようになった頃から、
事務所の雰囲気は目に見えてピリついていきました。
遅番で出社したある日、
「おはようございまーす」と入った瞬間の張りつめた空気に、
思わずドアを閉めて帰りたくなったことも何度もありました。
そんな状態が続く中で、
おつかいで車を運転しながら
「このまま事故にあって、入院してしばらく仕事を休めたらいいのに」
と思うようになっていました。
そして実際には事故ではなく、盲腸になり、
薬が効かなくなって入院し、手術を受け、
一週間ほど仕事を休むことになりました。
手術後は痛みとの闘いが続き、
その頃にはもう、
事故にあって休みたいとは思わなくなっていました。
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この仕事が嫌になり始めたときの気持ちを
【HSS型HSPの愛すべき個性】から解説していきます。
①前提状態
この職場に入った時点で、外に出られる時間があり、
人間関係も比較的穏やかで、
ようやく安心できる場所にたどり着いたと感じていました。
HSS型HSPは刺激探索と安全欲求を同時に持つため、
安心できる環境に入ると神経が副交感神経優位になり、
心と体が一気に緩みます。
そのため、この職場は神経にとって回復の拠点になっていました。
②同じ環境と単調さが神経に与えた影響
一方で、
同じ場所、同じメンバー、同じ作業が続く環境は、
HSS型HSPの刺激欲求を満たさず、
神経に静かな消耗をもたらしていました。
単調な仕事は気力を削り、
販売目標というプレッシャーは常に緊張状態をつくり、
心が休まらない状態が続いていました。
この段階ですでに、神経の疲労はゆっくりと蓄積していました。
③職場の空気と人間関係による消耗
上司が変わり、
職場の雰囲気がピリつき始めると、HSPの特性が強く反応しました。
HSS型HSPは、場の緊張を、そのまま自分の神経で受け取るため、
事務所の空気の変化は直接、心身の負担になります。
その結果、目に見えないストレスが日々積み重なっていきました。
④事故にあって休みたいと思った心理
この頃は、
事故にあって入院してでも休みたいと感じるほど
追い詰められていました。
これは怠けたい気持ちではなく、
神経が限界に近づいていたサインでした。
長く続いた緊張状態の中で、
心と体が強制的に止まることを求めていたのです。
⑤盲腸という形で現れた身体のブレーキ
その後、身体は事故ではなくて
盲腸という形でブレーキをかけました。
強いストレスと疲労が続いたことで、
体の免疫や内臓の働きが落ち、炎症として表れたと考えられます。
これは、体がこれ以上無理をさせないために起こした自然な防御反応でした。
⑥手術後に起きた心身の変化
盲腸の手術後は、
もう事故にあって休みたいとは思わなくなりました。
神経が一度リセットされ、
身体が安全な状態を取り戻したことで、
危険を感じる感覚も落ち着きました。
この経験を通して、
心と身体は無理をしない生き方へと学習を更新していったのです。
⑦この体験が教えてくれているHSS型HSPの特性
この体験から見えてくるHSS型HSPの特性は、
安心できる環境でこそ本来の力を発揮できること、
場の空気や人間関係に強く影響を受けること、
単調さとプレッシャーが重なると神経が消耗しやすいこと、
そして心よりも先に体が限界を知らせてくれるタイプであるという点です。
☆☆☆☆☆
盲腸の手術が決まった時、看護師さんが
「生活は不規則?」と聞いてきて、
その時は、なんでそんなこと聞くんだろうと思っていましたが
今になって思うと
生活習慣は乱れまくりで、ストレスで暴飲暴食はするし
煙草も吸ってたし、飲み会も多かったし、
そりゃあ身体のどこかは壊して当然だなという気がしています。
ストレスが、身体に出てくるので、
分かりやすいといえば、わかりやすいのですが
このころは、まだ心と身体のつながりが分かっていなかったので
症状が出ても、薬でどうにかすればいいという考えでいたと思います。
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