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高校を卒業するとき、わたしは県外に出たかった。

知らない土地で、誰も知らない場所で、一人で生きてみたかった。

実家では毎日、祖母の視線を背中に感じながら、

母の機嫌を確認しながら、「今どんな空気か」を常に読んで過ごしていた。

言葉を選ぶのも、動くタイミングを測るのも、すべてが当たり前になっていた。

だから「ここじゃない場所なら、ちゃんと息ができるかもしれない」という感覚がずっとあった。

 

母に言われた言葉

そんなわたしが母に相談すると、返ってきた言葉はこうだった。

 

「占いで、あなたは県外に行ったらダメって言われたから」

 

今思い返すと、どう考えてもおかしい。

まだ「お金が厳しいから難しい」と言われた方が、現実的で納得できた。

でも当時のわたしは、その言葉に黙って従った。

反論なんて、できなかった。

 

HSS型HSP×アダルトチルドレンの特性が重なるとき

HSS型HSPは、相手の圧や場の空気を敏感に感じ取る。

アダルトチルドレンは、親の不機嫌や否定が怖くて

「逆らう=危険」という感覚が体に刷り込まれている。

 

その二つが重なっていると、

たとえ「それ、おかしくない?」と感じていても、

自分の感覚より親の言葉を優先してしまう。

小さい頃から"親を困らせない子"をやってきた人ほど、

自分の希望を後回しにする癖がつきやすい。

本当は苦しい。本当は逃げたい。本当は人生を変えたい。

でも「わたしが我慢すればいい」で、全部を飲み込んでしまう。

 

結局どうなったか

わたしは実家から1時間ほどの場所で一人暮らしをしながら就職した。

完全には離れられなかった。

でも今思うと、あの時のわたしなりに精一杯

「生き延びよう」としていたんだと思う。

ゼロにはできなくても、「家を出る」という選択はした。

あれは、あの頃のわたしの限界ギリギリの一歩だった。

 

その後、弟は普通に県外就職した。

わたしには「ダメ」だったのに。

さらに、わたしが髪を明るくして実家に帰ったとき、

母は怒って無視した。あの空気は今でも忘れられない。

でも弟が金髪で帰ってきても、何も言わなかった。

その時、ようやく気がついた。

髪色の問題じゃなかった。県外就職の問題でもなかった。"誰がやるか"の問題だった。

 

積み重なった小さな出来事が、やがて痛みに変わる

自分だけ厳しい。自分だけ自由を止められる。

自分だけ「ちゃんとして」を求められる。

一つひとつは小さな出来事に見える。

でも、それが何年も積み重なると、

「私は愛されてなかったのかな」

「私は大事にされなかったのかな」という痛みに変わっていく。

 

特に、怒鳴られるより無視の方が怖かった。

無視は、存在ごと拒絶された感じがするから。

アダルトチルドレンは相手の沈黙や不機嫌にとても敏感な人が多い。

ただ口をきかれないだけで、

「もうここにいてはいけない」という感覚になることがある。

だから今でも、あの時の怒りが消えない。

 

本当に欲しかったもの

あの時欲しかったのは、占いでも支配でもなかった。

 

「あなたはどうしたいの?」

 

ただその一言だった。

否定せずに話を聞いてほしかった。

自分の人生を、自分で選ばせてほしかった。

今のわたしは、実家から遠くの県外に住んでいて

あの頃みたいに全部を親に決められる立場ではない。

 

過去は変えられないし、

許せない気持ちも無理に消さなくていい。

ただ、「あの時、本当は苦しかった」

「本当は自由になりたかった」

その気持ちを、今の自分がちゃんとわかってあげること。

それだけでも、ずっと押し込めてきた心は、

少しずつ緩み始めるんだと思う。

 

 

 

つづく