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専業主婦家庭の我が家に、有給休暇制度ができました。
夫が、「会社員だと年間20日有給が取れるから、
月に1回だと、1年で12回。
あと8回あるから、あと8回は息子に頼もう」と
月に1回夫が1日家事をすべてしてくれるという
今年から始まった有給休暇制度。
家事のことを1日考えないでいられるのは、すごく嬉しい。
ところが、ここで出てくるのが、胸がざわざわする気持ち。
罪悪感なんですよね…。
「やったー。1日休めるー。嬉しい」という気持ちと
「元気な日に休んでいいんだろうか」…という気持ち。
この2つが衝突しています。
なんでかというと、
私の母は、
家で内職をしていたのですが、
母が家事を全部していたから
わたしも、
家事は母親がするものって
思ってしまっているんですよね。
キチキチしている母で、ご飯を食べ終わったら、
すぐに流しに食器を下げてあらってしまう。
買い物が終わるとすぐに家計簿をつける。
洗濯物も乾いたら、すぐにたたんでしまってしまう。
朝起きたら、すぐに身支度して、家事を始める。
母は完璧主義のようで、
見ていて、わたしはいつも緊張していました。
母がダラーっとしているのを見たことがありません。
母が、きびきび動いているので、
自分も、何かしなくちゃって、
なんかいつも、胸がきゅっとなっていました。
ダラダラしていることが、
ダメなことのように感じていました。
なので、結婚して、専業主婦になり、
家事は私がやるのが当然とばかりに、
しかも、母がやっていたように完璧を目指すようになりました…。
でも、わたしは、母じゃない。
母みたいにできない。
キチキチできない。
てきぱきできない。
できないことばかりで、
どんどんと自分を責めるようになりました。
専業主婦になったのに、
すぐに疲れるし休みたくなるなんて、
ダメな妻だし、ダメな母だなと…。
でも、完璧に家事をこなしていた母を見ていたわたしは
苦しかったはずなのに…。
完璧な家事なんて求めていない。
家事をきちっとやるよりも、
だらだらしててもいいから
イライラしていてほしくなかった。
気を抜いてダラっとしている私に怒らないでほしかった。
家が、安全基地じゃなかった。
家に、安心感がなかった。
母が怖かった…。
家にいると、緊張してた。
わたしも、きっと、
子どもたち、とくに息子には
わたしが抱えていた緊張と
同じ緊張をさせていたんだと思う。
去年の12月に、
のどの奥が腫れてしまって、
ご飯が食べられなかったので、
4泊5日の入院をしました。
その時に、入院した日の夜には、
点滴のおかげで、熱ものどの痛みもなくなり、
次の日から3泊は、
ただのんびりと寝ているだけになりました。
この時初めて、家のことを何も考えないで
ただ休んでいられるっていうことに、幸せを感じました。
もちろん、夫や、子どもたちのことは、
すごく心配になったのですが
自宅から少し離れた別の市の病院に入院したので
何かしようと思ったところで、なにもできない。
なので、もう考えるのやめようと思い、
下の子も小学生になったことだし、
どうにかなるだろうと、考えないようにしました。
そして、ようやく、頭も身体も休めるってこういうことか…
って、思ったんです。
家にいると、何かしらいつも、
次にあれしなきゃこれしなきゃって
考えてしまっていて、
身体は休んでいるけれども、
頭が休むということがなかったんです。
入院しなければ、休むということが
どういうことか、分からずにいたと思います。
というわけで、
入院しなくても
丸1日家事のことをなにも考えなくてもいい日が
月に1回できたので
ざわざわと罪悪感を感じながらも、
ただ休むということに慣れることをしています。
☆☆☆☆☆
元気な時に休むと罪悪感が出る理由を
【HSS型HSPの愛すべき個性】から解説すると…
今回の「休めるのに罪悪感が出る」という感覚は、
意志の弱さでも甘えでもありません。
HSS型HSPの神経の特徴から見ると、
とても自然な反応です。
HSS型HSPは、刺激に敏感で、
常に周囲の空気や人の状態を察知しています。
役割や責任も強く引き受けやすく、
「ちゃんとしなきゃ」という緊張が抜けにくい傾向があります。
そのため、何もしていない時間よりも、
何かをしている時間のほうが“安心”に感じやすいのです。
さらに、
子どもの頃に「家=緊張する場所」だった場合、
神経はこう学習します。
動いている=安全
止まる=怒られる/責められる
この回路ができていると、
元気なのに休むと罪悪感が出たり、
何もしていない時間に落ち着かなくなったりします。
役割を手放すこと自体が不安になるのです。
つまり、休めないのではなく、
止まることに神経が慣れていないだけ。
入院中に初めて「頭まで休む」という感覚を体験できたのは、
物理的に何もできない環境だったから。
あれは甘えではなく、神経が強制的にオフになった状態でした。
月に1回の有休は、ただの家事休みではありません。
動かなくても大丈夫。
妻・母という役割を手放しても関係は壊れない。
元気でも休んでいい。
この体験を少しずつ積み重ねていくことが、
神経の再学習につながります。
ざわざわしながらでもいい。
罪悪感を感じながらでもいい。
それでも休む。
それが、安心を自分の中につくっていく第一歩なのだと思います。
つづく
