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里帰りをしてから
毎週の検診になりました。
実家から電車で1時間かかる距離にある
産婦人科で産むことにしていました。
そこが一番近かったっていう理由からです。
毎回の検診に母も着いて来ていたので
検診を午前中に入れて、検診が終わってから
ランチをして帰るということをしていました。
ここの産婦人科の先生も、
お腹のエコーのたびに「大きいねー」と言うので
母が「出てこれなかったらどうするの?」と言い
「出なかったら帝王切開になるんじゃないの?」と返していたのですが
まさか、この時は、
本当に帝王切開になるとは思ってもいませんでした…。
出産予定日が近づいてきても
一向に陣痛もこなく、
出産予定日が過ぎた検診の日。
いつも通りに母とランチをしていたら
少しずつ痛みが出てきました。
ランチの時間中続くので、
ランチが終わってから、
病院に電話して
一度診察してもらうことになりました。
産婦人科に行き、先生が
「まだ生まれないけれど、家が遠いし、
一応入院して様子見るのでもいいよ。」と言うので
そのまま入院させてもらうことになりました。
夕方にも
「まだ生まれないから、明日は、カフェにでも行って、
ゆっくりしてくればいいよ」と先生に言われて、
その通りにカフェに行こうとウキウキしていました。
夫に入院したのを連絡したら
病院まで来ようとしたのですが、
「先生にまだ生まれないって言われたから
まだ来なくていいよ」と言い、
その日は、それで終わるはずでした。
ところが、夜になって
お腹が痛み出し、
夫に連絡したところ、もう夫は来ようとしても
最終の新幹線が出てしまったあとで来れなくなってしまったので、
母に来てもらうように連絡してくれていました。
陣痛に耐えて、夜中になり、
生まれそうとなって、いきみ始めたのですが、
赤ちゃんのへその緒が首に巻き付いてしまい
赤ちゃんが出てこれなくなっていたので
急遽、帝王切開になることになりました。
もう陣痛でヘトヘトだったので、
早く手術して、
赤ちゃんを出してほしいという思いで
いっぱいになりました。
できることなら、自然分娩で産んでみたかった。
ここで、帝王切開になるなんて思ってもみなかった…。
手術が始まり、ようやく3時近くなって、
赤ちゃんが無事に生まれてきました。
3558キロの元気な男の子でした。
夜中に生まれてしまったので、
夫は出産に間に合わず、
始発の新幹線で駆けつけてくれました。
「先生、まだ生まれないって言ってたじゃん。
カフェに行ってお茶するつもりだったのに生まれたじゃん。
こんなことなら、おとなしく入院した時点で夫に来てもらえばよかった」と
後悔していました…。
個人の産婦人科で、
個室だけの病院だったので、
あいているスペースに布団を敷いてくれて
夫も一緒に泊まれたのは、ありがたかったです。
初めての出産で疲れ果てて、帝王切開後の痛みもあるし、
季節は真冬。そしてその年は大雪の年。
寒さもあって気分は滅入っていました。
産婦人科は、母乳推進ではなかったので、
母乳が足りないと、ミルクを足してしまい、
母乳で育てたいと思っていたのですが
息子はミルクをごくごくとよく飲む子で
ミルク育児になってしまいました…。
無事に退院して実家に帰り
本格的に育児が始まりました。
ここでも、母乳で育てたかったのに、
母がミルクを与えてしまい、
思うように母乳も与えられずに
息子はミルクで、ぷくぷくと成長していきました。
実家にいたら、快適かと思っていたら、
いろいろと、母が先回りしてやってしまうこともあり
家事をしなくて身体は楽ではあったものの、
なんか、精神的には休めずにいました。
出産も、自然分娩がよかったのに帝王切開になる。
母乳育児をしたかったのに、ミルク育児になる。
実家は、祖母や母の干渉が気になる。
なんか思い通りにいかない現実に
いろいろと疲れ果てていました…。
そして、ようやく息子の1か月検診が終わり
夫と一緒に自宅に帰ることになりました。
帰る自宅は、妊娠中に購入したマンション。
里帰り中に引っ越しをしていたので、
手続きに行く以外では、
初めて入ることになりました。
できたばかりの新築マンション。
妊娠中に住んでいたところからは1駅離れていて
どこになにがあるのか、まださっぱりわからない。
誰も知り合いもいない。
実家から帰れるのは嬉しかったのですが
自宅は、夫以外に誰も頼れる人がいない環境。
不安でいっぱいになって、自宅についてから
涙が止まらなくなりました…。
マンションも購入して、息子も生まれて
幸せなはずなのに、不安ばかり押し寄せてくる。
これから先、どうやってやっていったらいいんだろう…。
そんな気持ちからのスタートでした。
つづく
