仏陀釈尊が説く病人を看病する事の重要性 | 全人類の希望・幸福の科学と幸福実現党 日本と全人類の平和と幸福を願って

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仏陀釈尊が説く病人を看病する事の重要性

https://youtu.be/CJGE5Gm57Zg

 

(この動画の説明文)

ゴータマ・ブッダ(仏陀釈尊)は 病人を看病することの重要性を 説かれている。

 

 昔、仏陀が在世当時、 ある病気の修行僧が 苦しみながら唯一人住んでいた。 

仏陀がその病気の修行僧を見て その僧にこう尋ねた。 「汝はどうして苦しんでいるのか。 汝はどうして一人でいるのか」と 尋ねると病気の修行僧は 次のように答えた。

 

 「私は生まれつき怠け者で、 他人を看病するに 耐えられませんでした。 それで今、病気にかかっても誰も 看病してくれる人がありません。」 仏陀はこの事を聞き哀れに思って 「修行僧よ、私が今、汝を看病しよう。」 と告げられ、仏陀は病気の僧を 手で摩(さす)ると 病気の苦しみはすっかりと 癒えて治ってしまった。 

 

また仏陀はその僧侶を 戸外に連れ出し、 敷布団を取替え、 仏陀自らその僧の体を洗ってやり、 新しい衣服に着替えさせた。 仏陀はその修行僧にこう告げられた。 「自ら勤め励みなさい。」と。 この教えをその修行僧が聞いて 恩に感じ、心も身も 喜びに溢れた。とある。 また、パーリ仏典の中の 律部経典において 次のような内容のお経が説かれている。  

 

 ある修行者が胃腸の病気を患い、 仲間から捨てられたまま、 大小便のなかに 埋もれて臥していた。 それを見た仏陀釈尊は別の者に 水を持ってこさせて、 この病気の僧を入浴させて 身体を洗ってやった。 そうしてこう説かれた。 「私(仏陀釈尊)に仕えようと思う者は 病人を看護せよ。」と。 またその他漢訳仏典においても、 釈尊は身体が腐臭にまみれた長老を 看病したがやがて死んだ という話を伝えている。 

 

そのとき釈尊は次のように お説きになられた。 「たとえ、私(釈尊)および 過去の諸仏に供養することが あろうとも、私に施す福徳と、 病人を看病する福徳とは 異なること無し。」と。 病人を看病することが 仏に奉仕することなのである。 と解釈できる。