日本がつまんない?!んなわきゃ!

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=== このブログを本棚にして、読んでみた新書を並べてみましょう。===

福留真紀 『将軍側近 柳沢吉保』 を読みました。

この書は、最近見直されている生類憐みの令の内容や将軍 徳川綱吉についてと

関わる柳沢吉保の実際はどうだったのか。

残る文書もんじょなどの書き物から探る人物像です。

 

山梨、甲斐で武田信玄時代やその後の信濃を読んでいると

武田の土地の中から

柳沢が出てきて、柳沢吉保につながり荻生徂徠の紀行をみることができました。

 

すると、どうも荻生徂徠の嫁さんが亡くなったところで

元気のない徂徠に柳沢吉保が、甲斐の領地の柳沢発祥の地をみてくるように

転地効果を施したのではないかという旅行心理学的な命令を与えた。

と、私は読めたので、そこで柳沢吉保という人物は人の上に立つ者として

考えるところがあったのだろうと思うわけで。

 

戦の無くなった江戸の支配階級にとって

地位を維持することを守ろうとすると

あっちに見せる顔とこっちにみせる顔。

上の人間が変わったことに合わせて、どちらに頭を向け

足を向けるか、風見鶏として気を使わなければならなくなった。

 

農民たちはどうか。

江戸も時代が安定するごとに、納税分のコメの割合も少なくなってきたり

出労の賦役も道路普請などに限られてくると

おかしな役人でなければ、残る収益や副業での生活の少しの余裕も

できるようになったかもしれない。

 

武家はどうだったのだろう。

石高が増えるとして、その領地とされたところの

ひとびとの暮らしについて、どれくらい考えていたのだろうか。

興味が湧いてくる。

 

 

荻生徂徠 (河村義昌 訳注) 『峡中紀行 風流使者記』 雄山閣 1971

速水融 『歴史人口学で見た日本』増補版 文春新書 2022

同著 『近世農村の歴史人口学的研究』 東洋経済新報社 1973

平山優 『天正壬午の乱』増補改訂版 戎光祥出版 2019

 

 

福留真紀 『将軍側近 柳沢吉保 いかにして悪名は作られたか』 新潮新書 2011

金森敦子 『伊勢詣と江戸の旅』 を読みました。

この書は、江戸時代の旅人たちの記した旅の記録に沿って

当時の旅人のこころや受け入れる旅館などの側の事情などを追ったものです。

 

この前、御杣始祭(みそまはじめさい)が長野県の国有林にて行われ、
御樋代木奉曳式(みひしろぎほうえいしき)で切り出したご神木が内・外宮へ運ばれた。

20年に一度の式年遷宮祭の始まりをニュースで知り、

伊勢神宮崇拝について考えてみたくなった。

 

いくつか新書などを読んでみたいと思う。3冊目。

旅の値段がわかり、現実味が出てきます。

農民がひとつの家庭だけでは安心しては出られない旅も講という括りの組合のなかで

お金を寄せ集めて、代表が伊勢やそのほかの神社、仏閣、都市に訪れて

興味を持って生活、人生につなげていたと思う。

 

当時の講を広げて世話していた御師おんし、おしのやり方を知ると

最近、職業としての「神主かんぬし」の在り方、収入の発生の仕方について

社会構造が変化して、神様のおかげという論拠についての心の変化がある。

 

なにか、願い事ができて、願いたい。それは欲望から出たものではないか。

病気にならないようにとか、怪我をしないようにとか。

日々の生活からくる病気ではないか、最近では科学的に、手洗い、うがい、飛沫などから

川に流れた毒性の強い液体やゴミからのナノ的な廃棄。

 

信州の農民たちも、道普請みちぶしんとして

街道の整備、峠道の整備に集落単位で駆り出されていた歴史も

旅人や商品流通につながってきました。

 

そして、私の近くの宿場、中山道なかせんどう 和田宿わだじゅくと長久保宿ながくぼじゅく

の話も出てきました。

和田宿のひとたちは、宿場全体の景観を旅人への売りにしてきたこともあって

「宵越しの銭は持たない」性格と言われていました。街道の人間として稼ごうというわけ。

長久保宿は、飯盛り女が働きに来るので、地元の農民の男たちも楽しみにして顔を出していたとか。

和宮かずのみや下向の時代には記録も残っており、集落の代表が、宿場に出労していたそうです。

 

コレラの流行もありましたので、

盗賊、病気、反乱などの移動から来る課題も

ひとびとが繋がっていた現れで、現代にもつながる社会だったのだということも

想像することができます。

人々がどのようにつながっていたか。

これからもどのように繋がっていくか。

旅の歴史や、旅の現在を考えることができます。

 

 

網野善彦 『日本社会の歴史』上/中/下 岩波新書 2001/2002

同著 『日本の歴史をよみなおす(全)』 ちくま学芸文庫 2012

同著 『宮本常一『忘れられた日本人』を読む』 岩波現代文庫 2016

神崎宣武 『日本人の原風景』 講談社学術文庫 2021

同著 『江戸の旅文化』 岩波新書 2004

児玉幸多 『中山道を歩く』 中公文庫 1988

斉藤善助(中山道和田の歴史と伝承刊行委員 編) 『中山道 和田の歴史と伝承』 中山道和田の歴史と伝承刊行会 1984

同著(中山道和田宿維新の激動刊行委員会 編)『中山道・和田宿 維新の激動』中山道和田宿維新の激動刊行委員会 1993

土屋郁子/平野勝重 『軽井沢・佐久 中山道を歩く』 郷土出版社 1986

西垣晴次 『お伊勢まいり』 岩波新書 1983

宮本常一 『伊勢参宮』 現代教養文庫 1971

同著 『忘れられた日本人』 岩波文庫 1995

 

 

金森敦子 『伊勢詣と江戸の旅 道中日記に見る旅の値段』 文春新書 2004

神崎宣武  『江戸の旅文化』を読みました。

この前、御杣始祭(みそまはじめさい)が長野県の国有林にて行われ、
御樋代木奉曳式(みひしろぎほうえいしき)で切り出したご神木が内・外宮へ運ばれた。

20年に一度の式年遷宮祭の始まりをニュースで知り、

伊勢神宮崇拝について考えてみたくなった。

 

いくつか新書などを読んでみたいと思う。2冊目。

旅をみつめる書。江戸時代、それよりも前の時代から

現代の旅や宴会などの文化につながる風景を繋げている。

 

まだまだ人口の少ない時代にひとびとはまだ

ヨーロッパに目覚めた男女の肉体的な羞恥心や貞操など規律的精神

のキリスト教的な感覚を必要としない、「無邪気」とも表現される性への捉え方の中。

 

生物的な積み重ねで、生物学的近親での世代継続の難しさを知り、

他者を受け入れ、自分の不能性を受け入れつつ

次世代を作る方法を旅や宴会などの文化の中で作り上げていたと考えられる。

 

もちろん、そのような文化のなかでも、親や年長者による限度の限界もあり

若者たちの暴走は抑えられたであろうし、そうでなければ痛めつけられたであろう。

日本の海で囲まれた土地での境界もあろうし、国内での山や谷による地域の境界もあった。

集落と他の集落との間で家族を広げる慣習もあり、

権力者や父権や母権の下、悲しい現実もあっただろうが、

お互いの自由の無いなかにも、信頼を創り出す社会性も人々の生き方のなかにあっただろう。

 

現代の家族をどのように考えるかとか。

国家の枠組みや人種のような人工的なくくりを私たちはどのようにとらえるか。

肌の色や顔や体の特徴など、いろいろな違いはあっても

産まれの状況や、育ちの状況の違いなどがあっても

大人たちが男同士だろうと女同士だろうと、子供たちと家族を形成して

社会を構成、支えられるある年齢まで、大人子供ともに成長し、

親子が人為的に地域を作ることを寛容に考えよう。

ただし、大人の側に経済的な余裕がないと厳しいかもしれないけれど。

男女の差さえ、個々人の向き不向き、力量の差などをどのように考えるかなどに

思いをいたしながら、時代の流れを考えたい。

 

 

網野善彦 『日本社会の歴史』上/中/下 岩波新書 2001/2002

同著 『日本の歴史をよみなおす(全)』 ちくま学芸文庫 2012

同著 『宮本常一『忘れられた日本人』を読む』 岩波現代文庫 2016

神崎宣武 『日本人の原風景』 講談社学術文庫 2021

西垣晴次 『お伊勢まいり』 岩波新書 1983

松本清張『昭和史発掘』4 文春文庫 2005

宮本常一 『伊勢参宮』 現代教養文庫 1971

同著 『忘れられた日本人』 岩波文庫 1995

 

 

神崎宣武  『江戸の旅文化』 岩波新書 2004