Startin' over… -74ページ目
一人で映画はつくれない。そのためにはリーダーシップが必要なんだろうと、
知識が少ない中坊なりに考えたりした。
今となってはリーダーシップといっても様々な形があるし、
いっしょに働くメンバーによっても最善の形は異なる。
未だ自分はベストを尽くせたとも思わないし、
これからもどうなるかわからない。

2001年9月11日、世界貿易センターに飛行機が突っ込んだ。
中2だった。
お風呂上がりで濡れた髪のまま、ただテレビを見ていた。

エンパイアーステートビルか世界貿易センタービル。
西海岸の海、砂漠そして大都会のニューヨークの青い空、そびえ立つ高いビル。
自分でフィルムに納めようとしていたものの一つが崩れ去った。
翌日の通学時、英語の初老の女性の先生に
「すごいことが起こりましたね。」
と会話したのを覚えている。

その後イラク戦争が起こり、次第に自分が思っていたアメリカが崩れ落ち、
何を追い求めてたのか分からなくなり、
どうでもよくなった。
中学を出て高校にも行ってない状態。
「無職、15歳か。」
自分の街のどんよりした灰色の空が誇りに思えない時期だった。

そのイラクに今の大学の恩師がジャーナリストとして行っていたのは
後から知ったこと。それ以上にその教授は、後に私が陥った状況について
報道し反響を読んだ人物だ。
それから2ヶ月ほど無為に過ごした。
努力すれば何とかなる、といっても私は経済力の無い未成年に過ぎない。
アメリカに憧れた。
ハリウッドに憧れた。
ロードムービーをつくりたい。
砂漠に立つガソリンスタンドに、古びた白のセダン、それらをオレンジ色の
レンズで撮って乾いた映像をつくる。
何とか自分の頭にあるものを、他人の目にも見える形にしたかった。


——2003年。

3月の中旬を過ぎた頃。
桜前線は順調に北上を続けるが、一向にこの根雪に覆われた土地へたどり着く気配はない。
排気ガスでグレーに染まったシャーベット状の雪。
もうどれくらい歩いたかわからないが、靴に染みてくる。

打ちひしがれた。
高校なんていかないと啖呵を切った。
ただ、ただ映画をつくりたい。
ただそれだけ。
私には無駄にする時間なんて1秒もない。
疑うことも知らずそう信じていた。

なぜ不良と呼ばれるのか。
所詮税金暮らしの公務員。私たち、ひいては私のことなんて知ったこっちゃないんだ。
自分の学年から進路未定の生徒を出したくない、学年主任と担任の思惑を全身で感じていた。
夢を見るのが悪いことなの?
歩きながらそう何度も自問し続けた。
そう信じたくて、感情を抑えるほどに熱い涙が重力に従って落ちていく。
いっしょに引きずり下ろされないように、何かにすがりたかった。

もう大人なんて信じない。

でも当時は
そんな自分も徐々に大人に近づいてるなんて、気付くはずもなかった。