Startin' over… -50ページ目
参考書をしまおうとするあいつ。
人の時間を食ってしまうのは、嫌だと考えるが
あいつは気にしていないらしい。
「おれ2年くらいずっと夏休み。」
「600連休くらい。」
これがあいつの口癖。
前回の授業で扱った論説文の要約を添削していく。
原稿用紙に赤ペンを入れる。
中学・高校と要約はしたことが無かったらしい。

原稿用紙に向き合うことに対し、私は誇りに思っている。
例え稚拙な自分の文章でも、書き上げた際にはこだわりと少しの自信を感じる。
ただそれが添削され、赤ペンだらけになると悔しさを感じずにはいられない。
ただそれ以上に、もっといいのを書き上げてやるとリライトする。
受験生時代の要約文の作成にしろ、マスコミ受験の作文練習にしろ
書き上げたときの達成感は何物にも代え難い。

添削なんて、できる身分でも、力も無いけど。

「これ、え?」
「2枚半書いたよ。」
「400~500字指定だよね。」
「うん。」
「いっかお兄さん、ここに20×20って書いてるよね。」
「うん。」
「一枚何字?」
「うそ、え、まじか。いやだ書き直す。」
「うん、君1000字書いてるね。」
「どうりで終わらないかと思った。」

どうりで本文中の文がまるまる入ってるかと思った。

それでも譲歩、前提を排除し短文に凝縮していく作業をする。
指示後は具体的に言い換え、前の文に持って行き後半とすぐつながるように調整。
思いのほか時間がかかる。
論点にずれは無い、はずだ。
ほぼ本文を書いているのだから。

「ここはね、カットしよう。
『人間はスポーツを見るのを好む。』とはっきり言い切ってOK。
その理由として『他人の身体に同調し、限界に挑戦したいから』っていうのは文頭でもいいし、
なぜならで後半に持ってくるのもよし。」
「ふーん。」
と言いたげにあいつが見つめる。
「疲れた?」
「いや、全然。」
「別にね、だめって言ってるわけじゃないんだよ。」
目で相槌を打ってるかのよう。
「自分が書いた文章に赤ペン入れられるのってね、悔しいよね。」
「俺、全然今まで書いてこなかったからなんにもこだわり無かった。」
笑って答える。

”もったいないな”

あいつの少し斜めからものを見たり、深いところまで他人の横に降りて行けたり、
またこっちのボロを引き出しまくるような質問力、新聞記者に向いていると思わずにはいられなかった。
ちなみに何となく経済学部を目指していて、将来の夢は無いらしい。
この前も少し話した。

「ねぇ。」
「何?」
「新聞記者とかどう?」
「え。」
「向いてると思うけど。」

ただでさえ他の19歳と違う人生を送って来たわけだ。
人と違うもの、人には見えないものを見て来たのがあいつだと思う。

添削を離れて思う。
あいつに作文を書かせてみたい。
ポテトサラダに、大量のゴマドレッシングをかける。
本日一食目。盆踊りに疎外され、お金を下ろせなかったのだから仕方がない。

牛丼屋にパンツスーツで女一人。
とてつもなく自分らしいと感じ、無駄に悦に入る。
10分ほどで平らげ、路地裏で一本煙をふかし、教室に戻る。

「戻りましたー。」
あいつの姿はまだ無い。

デブからにどうでもいい確認業務。
適当に、そして即座に対応し家庭連絡。
数学から英語への変更。事前に日程調整さえしていれば問題無かったのに。

「おかえりなさい。」
すぐさまあいつが戻って来た。
あたかもいっしょに休憩していて、わざとらしく時間をずらしたかのようなタイミング。

もう少し業務を続ける。
その合間を縫って自習フォロー、生徒さんへの声かけ。
新しい講師からの授業の相談。
その後前回の論説文の要約を書き上げる。こんなもの生徒さんに渡していいのだろうか。
迷うのは数秒で、結局印刷した。

「ちょっと、添削いいかい?」
「あ、はい。」
それ以来、というのはおかしいが休憩時間を意図的に合わせて来ているようなことがあった。

教室から二番目に近いコンビニに寄った。
レジは遅いし、客の動きを全く見ていない、サービスは最悪。
店員の笑顔に悪意を感じるほどに。

マルボロに火をつけた瞬間、見慣れた、見たかった顔が店に入ってくる。
生徒さんにこの瞬間だけは見られたくなかった。
が、あいつにはばれている。
吸い殻を灰皿に放り投げ、喫煙所のドアを開けると
すぐ横で漫画を読んでいた。いや、読んでいるふりだろうか。

「あら、こんにちは。」
「いや、これ、買ったかどうか中身見て確かめてて。」

私が怒るわけないだろ。
学校の先生にするかのような言い訳。
勉強、しかも極めて密度の低い勉強しかしてないわけだから、
むしろ安心した。

また別の日には、
「後半は要約文を作成して頂きます。今日はたくさん進めましたね、
ありがとうございます。」
13時からの社会人の生徒さんの授業を終えたところだった。
あいつが室長に休憩に行く旨を伝える。
私も喫煙休憩をとりたいと思っているところだった。
案の定教室を出ると、目の前のコンビニの前で奴がレッドブルを飲んでいる。

信号を渡り、横断歩道の途中で目を合わせた。少し笑いかけたつもりだ。
「お疲れさま。」
「いや、なんかね今日やばいの。」
「なして。」
「眠すぎる、途中やばかった。」
あいつも13時から自習に来ていた。
「それでレッドブル?」
「そう。」
「私も買ってこーかな。」
「よく飲んでるよね。」
「うん、でも眠れなくなるからいいや。」
いつかの牛丼パターンだ。

わずかでも会話できた幸せ。
慎吾と私の時を思い出す。

結局その後、近くの喫茶店に逃げコーヒーとタバコで空腹をしのいだ。