Startin' over… -40ページ目
ホテルに入った。

日中は日陰だったのだろうか。
入り口前の道はアイスバーンになり、がたついていた。
慎吾の腕につかまり、慣れないピンヒールのブーツで階段まで目指す。

「いいのか?」
目を見てうなづいた。
「今なら戻れるぞ。」

エレベーターに乗り込み、部屋、そして慎吾を迎える瞬間へと近づいて行く。
やっと欲しいものが手に入る。
どんな瞬間になるのだろう。

「入って。」

靴を脱いで部屋に上がると、どこに荷物を置いていいかに戸惑う。
慎吾はダウンジャケットを脱ぎ、ベルトに手をかける。
そして私の前に立つ。

「本当にいいんだな?」
両手で私の骨盤をつかむ。
目を合わせた瞬間、ニットを脱がされた。
上半身に彼の視線を感じる。
おもむろに慎吾の首に両手をかけた。
「誰にも言うなよ。」
「・・言わないよ。」

これが苦悩の始まりだった。

そして不意に唇を奪われた。
講師を辞めてしまいたい。
コマ数を見て吐き気がする。
ちょっと前までなら平気どころか喜んで引き受けていた。

ナメていたのだろうか、この仕事。

センター試験の過去問7年分、生徒さんの志望校の過去問、
お盆休みはその分析に費やした。

自腹で某大手予備校が出しているセンター問題集と、
C大対策用の英語の赤本を購入。
いずれにせよ、本番では出ない問題であろう。
私大は学部数が多い。
それ故1年分とはいえど、なかなか進まない。
そもそも分析ができているとは言えない状況だ。

嘘だ。解いたに過ぎない。

果たして私は何を与えているのだろうか。
授業の価値が羽よりも軽く感じる。
またそれに気付かずここまでやり過ごしてきた自分が情けない。

所詮学生バイトの塾講師、それで片付けられる存在であるかもしれない。
大手の講師のようにはなれない。
だからこそ、自分なりの何かを見つけ提供したくて
最低限のことをやろうとしている。そう、まだ終わっていない。

「去年とは重みが違う。」その言葉に寄りかかるのは
甘えである。

生徒さんに何を与えられるのだろうか。

それと同じくらい、しびれを切らして感情を吐露してしまいそうだ。
それならいっそ自分の身体ごと消えてしまえばいいのにと思う。
あらゆる面で、全精神を注ぐのが、ここしかない。
それゆえ頭の中がこねくり回される。

別に、悪いことをしているつもりはないのに
なんでいつも陰でしか愛する人といっしょにいられないのか。
そして寄りかかりたい、寄りかかられたい人にも自分と同じ思いを
させてしまう可能性を含んでいる。
だから、講師を辞めてしまいたい。そう思った次第である。
「帰りたくないったって。おい。」
「だって・・。」
「親か?」
「うん。」

家庭が安らげる場所だと、誰が定義したのだろうか?
すべては母親の気分によって左右される。
いったい物心ついてから、素の感情を露出できたことが何度あっただろうか。
家族が信頼できるものだと、誰が定義したのだろうか?
努力したこと、大切にしようとしたことほど、けなされてきた。
”理解者”という言葉と、対岸にいる存在。

だけど慎吾は・・

「いいから帰りなさい。」
「ひどい。」
「なんで?」
「朝まで、地獄だよ。」
「また何か言われるのか?」
「うん。絶対。だから、逃げて来た。」
「そう。」

だから慎吾は・・・

「いや、だめだ。」
「何?」
「やっぱだめだ。」
「どうして?」
「クビになる。」
「・・・。」
「好きだ。」