Startin' over… -4ページ目
2月の頭だった。

「どうします?」

出願締切は明日。

「どうしようね。」

志望校2校と、その下のランクを2校。センター利用ではK大。
バンザイシステムでの判定で滑り止めのK大はほぼ確実。
だとしてもあいつのプライドが許すだろうか。

伊藤先生と二人、面談室の中で頭をこねくり回す。

「危ないと思うんだよね。またここは俺のいるべき場所じゃないって言いい始めるんじゃないか心配。だったらもう一校必要だと思う。」

「ご家庭もそう考えています。」

受験校決定の面談はセンター試験一日目の夜に行われた。
伊藤先生が一人で親御さんとあいつの応対。

思えば一月初旬。
故郷の就職先の懇親会から帰ってきた矢先、空港で電話をしながら面談日時設定の打ち合わせをした。
荷物をとりに到着ロビーへと向かう途中だった。
黒のミリタリーコートにニット帽。
”センター””ご家庭”という言葉が出てくるのに、これほど似合わない格好はないだろう。
このちぐはぐな感じは、憧れの現代文講師を思い起こさせる。
井上平野先生の破天荒なところが大好きだった。

各予備校のリサーチ結果が出るタイミング、ご家庭が熟慮する時間、そして出願までの期間を考慮し、当初は1月3週目の土曜日に設定した。
ただご家庭の都合がつかず、しぶしぶセンターが終わった夜ということに。

データが出ていない最中、資料作成はひたすら去年のものを使うしかなかった。
各大学の配点に合わせ、英語の点数を圧縮換算するのに手間がかかった。
検算も何度もした。

それでもなお、あいつの意思は変わらなかった。
焦りも見えない。
それどころかセンターを終え自信をつけたよう。
今年の英語と現代文が簡単であったことを忘れてはいけない。
「1秒たりとも私を愛していたことはなかった。」
「はぁ?なんでそういうこと言い出すかなぁ?」
「だって、そうじゃない。」
「思い返せばずーーと前、深夜に電話きたことから始まったよね。」
親に比べれば、彼は救いであった。ほぼ唯一の。

すがりつく他生き抜く道はなかった。
厚みのある胸板に額を押しつけ、肩を撫でられる感触が、どんなに私をなだめたか。
だけど、心の飢餓感は満たされることはなかった。
彼は私の瞳を見つめることはなかった。
懇願する視線を、フィリップモリスをくわえ無視する横顔が、今でも脳裏で思い出せる。
期待しなければ、傷つくこともない。
別にあなたがいなくたって、私の日々は回っていく。
『1Q84』を読み耽ることで、無駄な思考を働かせる余地を無くす。

仕事は忙しかった。
オフの日だからそう言ってみる。

連絡を断って大した月日は経っていない。
近いうちきっとメールなり電話なりしてくるだろうと、たかをくくっている。
なんて愚かなんだろう。

案外、一人で起きれるものだ。

「撤回してよ。」
「何を?」
「私を好きだって言ったこと。」
「じゃ、撤回します。」
「・・・。」
「お前が撤回しろって言ったからそう言ったけど。」
「ありがとう。」

半年前ほどの会話。

「あなたは私を強くした。」
「・・で?」
「悲しいよ。」
「なんで?」
「え?惨めじゃない?こうやって、こんなになるまで一人で。」
「そりゃ愚痴言いたい時だって誰だってあるべや。」
「だね。おかしい。」
「何が?」
「馬鹿みたい、何年も。」
「いい加減そろそろやめたらそうやって。なんも辛かったら電話でもメールでもすればいいのに。」
「無駄だよ。」
「なんで?」
「あなたは決して私を受け止めてくれることはなかった。少なくともここ数年は。」
「だって俺には俺の生活があるから。おはようってメールしてるじゃん。」
「いらないよ。」
「なして。」
「あってもなくても私を救わない。昔と違う。」