Startin' over… -3ページ目
プライベートなんか、あったことがあったであろうか?
自分の感情をコントロールできないから、ストレスにまみれた環境の方が、荒れる理由も、荒む理由も見つけやすかった。
共通の戦うべきものがあれば、力は結集する。
あらゆる意味で、勝利を手に入れた。そう言うのに値するだろう。

入試結果は散々であった。
聞くまでもなく、会ったときの表情からしてすべてわかった。
幾度となく、”合格”の2文字を聞く瞬間をイメージしていた。合格体験記を書いた後、あいつと講師3人でどう写真に映ろうか、思い描いては心を奮い立たせた。
伊藤先生も同じであろう。

あいつとはぎくしゃくしていた。
なんとしてでも大学に行く、最低限の結果は残したい。残すべき。残さなくてはいけない。
多少あいつがふてくされてしまっても、お金を頂くことは結果を提供すること。
安全校の受験では何度糞ババァと思われたかわからない。
あいつへの直の説得は伊藤先生が。
あいつのなだめ役は藤原先生が。
私は家庭連絡を主に担当した。
3人いなければできなかった。

この前も電話を切られた。
滑り止めの大学の出願締切の前日だった。
さらにもう一年はない。
本来の作戦は、私→伊藤と引き継いで説得する予定であったが、私の一言にぶち切れて話にならなくなった。
「この前の話なんだけど。」
「うん。」

伊藤先生の提案で、すべり止め=ウォーミングアップと捉えさせ受験に誘導するというものだった。
志望校の1ランク、2ランク下の大学も不合格の通知。
ただでさえ後がないのに、時間的に後がない状況が追い打ちをかける。
受験する、その土俵に立てるかどうかも危うい状況。
すべてはあいつのプライドが邪魔をする。

あいつをほめたことがなかった。
結果を出すまで、と引き延ばして引き延ばしてここまで来たけれど、

「受けないの?」
「受けない。」
「どうしても。」
「受けない。」

現状の実力が伴っているならかまわない。
ただそんなはずあろうか。

「もし全落ちしたらどうするの?」

言い過ぎた。

「わかんない。」

いつかも聞いたけど、いつかも聞いたけど、ここに来てまでそう言うなら

「また来年やるの?」

そこで電話が切れた。
それからも、あいつはもくもくと赤本を解く。
失敗するのを、ただ待っているようで歯がゆい思い。
質問に来る様子もない。
一番避けたかった状態で陥らないように、夏から用意し、秋はもがいて、
迎えるべくして陥ったこの状況。
為す術は無い中、為す術を探し求める。
無謀とわかっても、動くしか無かった。
可能性が0になるまでは。

「こんにちは。」
あいつが黙って顔を上げる。
軽蔑なのか鬱陶しさなのか、その両方が焦げ茶色の瞳に映し出される。
「何か質問ない?」

正解のない4択問題のようだ。
あらかじめ用意された数少ないフレーズを、
状況や感情に合わないのに無理矢理解答させられてるような心地。
答えは、無言でいいの。

「ない。」
「そう。」
安全校のことは言い出せなかった。

伊藤先生が出勤。
いつものお決まりパターンでバックルームで報告、というよりは愚痴って甘える。
結論はすぐ出ないことが多くなった。

「選択肢は提供したいの。できるだけ多く。」
「僕も同感です。」
「だけどこれ以上言うとすねちゃうよね。」
「そうなんですよ。下の大学の名前出すと機嫌悪くなる。で、志望校の名前出すとパッと明るくなる。」


残された授業回数も少ない。
にもかかわらず私たちの出勤日数及び業務時間は長くなっている。
特に職場外、賃金発生時間外で。
伊藤先生は毎日のようにあいつを気にかけている。
また私もそれに頼っている。
私が言っても聞く耳を持たない。説得して欲しいと頼んで。


「センター中期はおいしいと思うんだけど。」
「ですよね。」
「少なくとも前にいた大学よりは上だし。」
「彼ネームバリューこだわりますからね。」
「ほんとそれ。」
「後期は倍率上がるし戦いはどんどん厳しくなる。」

この点は何度もお父様と伊藤先生で説得してきたが、あいつはスルーするばかり。

「あとね。」
「はい。」
「統一日程出し忘れたんだって。」
「え!?」

私の母校の試験である。
チャンスが一回減った。

「え、まじかよ。」
苦笑する。いや笑えない。
「藤原ちゃんも呆れてたよ。」