Startin' over… -38ページ目

昨日は4時まで飲んだ。早く帰った方だ。
起きれるか心配であったが、故郷にいる慎吾に電話で起こしてもらった。
またいっしょに飲んだ同僚講師からも、起床確認のメールをもらった。
なんて恵まれているんだろう。

シャワーを浴びた後
Tシャツ1枚のままベランダに出て一服。
手すりに肘をかけ、煙を吐き出す。
大きな通りを見渡せるこの部屋。
空が狭く、引っ越してきたばかりの頃は
煙を吐きながらどこに目線を向けていいか困ったものである。
特におもしろいものが目に入るわけでもなかった、この瞬間まで。

見たことのある歩き方、細身の身体、黒いリュック。


あいつが歩いているではないか。
出勤まで1時間半。

クリーニング屋に行く時間が作れず、思い切ってエマールでスーツを洗う。
体験授業。
自分の力が試される場面である。
思えば4年間、ただ稼ぎたいの一心でこれらを引き受けて来た。
料金に見合うと思って頂ければ、自分の担当になって頂ける。
午前1時までファミレスで過去問をサーフィンしていた。
覚えるとのと、教えるのでは勉強の仕方が異なってくる。
もちろん後者の方が面倒だ。

今日も追試を行った。

「ちょっと、21時からだよ。」
「帰んないよ、日本史の教科書しまっただけ。」

結局昼間は余裕があったものの、授業後の自習フォロー、外部での事務作業、
そして夕方からの授業で結局この時間。
生徒さんそれぞれに宿題を用意し、必要に応じて英語や現代文の添削をする。

あいつばかり見ているわけにはいかない。
お互いの間にある、妙に腹の底まで見せたかのような空気感。
周りに作用することはあるのだろうか。

「はい、お待たせ。何分いる?」
「って、もう30分も無いじゃん。」
単なる文法テストだ。10分で終わらせてほしい。
「いいから時間決めて。」
今日で4回目。
「え、1個目のやつも含めて?」
「あ、忘れてた。」
「う、言わなきゃ良かった。」
「そうだよ時制とこも再試だったね、待ってて!印刷してくる。」

あいつが少し不服な表情をする。
お盆休み前に膨大な量の宿題を渡したときのように。
でもなぜか少し楽しそう。

「はい、じゃあ12分12分でやってね。」

「時間ないよ。」と言いたげな目。

今日は藤原先生に頼んで、あいつへこれからの勉強の仕方をアドバイスしてもらった。
去年の繰り返しにはさせまい。
絶対に大学に戻らせる。
そして二つの志望校の両方に合格、それ以外の選択肢は無い。

向かいのブースで二人は授業をしていたが、
彼女の言葉だからこそ、響いた模様。
なぜ私だと伝わらないのか、トホホな気分になったが
少しでも合格に近づくなら嬉しい限りだ。
このチームで動けることに感謝する。


生徒さんの残り人数が少なくなった教室で、
思いっきり赤ペンで丸をつける。
私の丸は馬鹿みたいにでかい。テスト用紙やノートを、破いてしまうことも
しばしばある。
だが、小学生から高校生、さらには社会人の生徒さんまで
このでか丸を欲しがって下さる。

「そのことについて考えずにはいられない。」
二通りの書き換えを出した。
I can`t help thinking about it.
I can`t but think about it.
昨日はどちらもing形。今日はbutの文に、なぜか”物”という単語をぶちこんできやがった。

あいつがひょこっとこちらをのぞく。
あえて声はかけない。

何とか丸は連続している。
「ちょっと。」
「え、何?」
「これ。」
「あ~忘れてた。」
「倒置でしょ。if無いんだからshould前に出して。」
「あとここ。」
「うわ~。」
ほめられるのと、おこられるの、
どっちが嬉しいのか、この子は。

「一個わかんないとこあった。」
「どれ、これかい。」
「そう。」
「え、待って。」
 ( )が無駄に二つある。
「間違えたの?」
「・・・はい。問題ミスです。・・正解!」
()に×をつけ、またそれ以外の英文が合っていたのでどちらにせよ正解。
恥ずかしいことに初回テストでは問題ミスが3問あり、すべて正解にした経緯がある。
ただそれでも合格点には達していなかった。

「何点?」
「50分の、49!はいよく頑張った!合格です!」
「やった~。」
気が抜けたように喜ぶ。
「明日英語だけですか?」
「ううん、両方やるよ。」
「何持ってくればいいですか?」
「ううんと、サイードとネクステ。」

ただただ、生徒と講師。

「明日はもう一個の追試やります。」
「はい。」
くしゃっと笑う。
「さようなら。」
「さようなら。」

23時に教室を退勤。


ひんやりした夜の空気は、一人で歩くのにちょうどいい。
「ねぇ、これなんの意味あるの?」
「え、倒置だよ。」
「絶対嘘でしょ。」
「五文型つくっといていいよ。」

報告書の片隅の”SV”と”CSV”が何を意味するのか、知りたがっている。
質問は小学生と同じ。
興味深さも子供と同じ。
一応内心ほめている。

実際は”スーパーバイザー”と”チーフスーパーバイザー”。
すなわちこのエリアでは、使えない社員により捺印される欄なのだ。

「いっつもはぐらかす。」
「noticeでもseeでもletでも好きなの使いな。」

「先生、追試いつやるの。」
「21時。」

帰すにはいかない。
自分の授業が落ち着くのがその時間、というのももちろんある。
ただ家で勉強しているようにも見えない。
50点中28点。
時制、助動詞、不定詞。あらゆる得点源問題を盛り込んだのに、
それらをないがしろにしてきたことを露呈された。

「ねぇ、構文プリント持ってきた?」
「あ、忘れた。」

宿題を探すふりして忘れたとケロッとしている小学生と幾分違いはない。

「じゃあ今から刷るから、21時までに仕上げて。」

適当に生きるのは勝手だが、行き着く先でボロボロになる覚悟もできていない。
ならば、用意された道であろうと散々利用して自ら歩いてみてはどうだろう。
高額の学費で舗装された受験生という経路を、
あいつの首を引っ張って、引き摺り進んでいるような気分。
それでもって私は生活をつないでいる。

「先生、これ終わったら出した方いいの?」
「うん、頂こうかな。」
「その前にごはん食べてきていいですか?」

はい、私の食事休憩のタイミングが消え去った。