Startin' over… -35ページ目
とてつもなく疲れた。

少しばかり頭痛がする。ここ2、3日。
コマ数は減ったのもかかわらず講師と生徒の都合を無視したシフト調整、
また推測で授業日程を生徒さんに伝達。そしてその変更が講師に伝えられない。
自己管理すら脅かされている。

またそれに加え、夏は飛ばしすぎたらしい。
さすがに体力・気力だけが取り柄の私でも、疲れが出てしまいそうだ。
現に出ているかもしれない。

メイクを落としたらもう寝てしまおうか。
明日の朝はちゃんとした朝食が食べたい。
身近な男性に甘えたい気分が抑えられない。
だって、自分の授業が崩壊している。
何言ってるんだ?こいつ?
己の指導法を顧みたつもりか、中途半端に文法用語を使用、構文はいつもよりとらなかった。
それにもかかわらず未来完了形まで進むことは無かった。
will+have+過去分詞、いやVpp。それを除いた完了系の問題が、どれだけあるだろうか。
問題指定の手間を自ら生み出した。
絶対合格させてやる。
でもこのままじゃいけない。

きっと酒で紛らわすのだろう。

「ごはん食べに行ってきます。」
「あれ、20時からテストでしょ。追試。」
「あ、もう終わって、置いてある。」
「そう。」

何人かの生徒さんの質問対応に回る。
解かなきゃいけない問題が多すぎる。
テストでさえ使い回しができないよう、オーダーメイド笑にしてしまう要領の悪さ。
一体予習にいくら時間をかければいいのだろう。
いや、短時間で済ます方法を考えなきゃ回らない、絶対。


「先生、ここのbe aroundってどう訳せばいいんですか?」
「そこらへんにいるってことだから、そのまま”ある””存在するでいいんじゃない?」

確かにlong manで確認したら「存在」という意味がある。
weblioで確認したら、be around で「そばにいる」という意味がある。
与えられた文脈だと、やはり”ある””いる”が妥当なのではないか。
だが自信を持って説明することができなかった。
ちなみに高3生の学校の教科書の問題。情けない。


「先生。数学も教えられてるんですか?」
「うん、でも住田先生と比べ物にならないけど。」

ろくな回答ができなかった。
実力なのか、だめだめなのか、結局だめなのか。
最悪な一日。

21時40分。

「はい、お待たせ。」

追試の採点にとりかかった。


教室が開かない。
気温がいつもより高くないのが唯一の救い。

「ねぇ、動物好き?」
「うん、好き。でも毛ついてるのは嫌だ。」
「なして?」
「猫くらい距離とってくれるならいいけど。あんまりべたべたされたくない。」
十分君は犬だと思うけど。
「そう、かわいくない?例えばうさぎとか。名前呼んだら走ってくるんだよ。」
「うちのめだかだってエサやるとき寄ってくるよ。」

比較になってるのか微妙。

「そういえばさ、behindって裏なの?」
「え?」
「野球で。」
「あーそっちね。」

慌てて辞書を取り出す。
何度も言うが開室前。教室が開かずに非常階段に並んで座っている。

「うんとねー。」

初めて知った。behindに”裏”という意味は無かった。
もちろんfrontに”表”という意味はない。
どうやら表はtop、裏はbottomとのこと。

「だそうです。」
「へー。」

勉強になりました。

またアニメの話に戻る。

「なんかね、日本のオタク文化で嫁ってあるじゃん。
あれwivesって紹介されてたよ。」
「へー、そうなんだ。おもしろいね。」
「ね、複数形なの。」
「へー、じゃああなたにも嫁いるの?」
「いない。いや、そういうのじゃない。そういうオタクじゃないし。
オフ会行ったけど、リュックにチェックシャツに眼鏡ってのばかりじゃなかった。
普通の人もいっぱいいた。」

別にいいじゃない。オタクだって。

「へー。それじゃあそういう典型的なオタクスタイルはいなくなっちゃうのかなー。
寂しいなー。」
「多分なくならないと思うよ。」
「そう。30年近く前にはnerdが世界をつくるって予想されてたけど、
オタクの次は何が来るんだろうね。」
「ね。なんでロックが廃れたの?」
「うーん、体制に反抗する象徴だったのに、気付いたら金持ちになったの見て
みんな離れてったって分析してる人いたな。」
「反権力が権力持ったら恐いって話?」
前回の現代文の授業内容だ。覚えてやがる。関心する。
「確かにそうかもね。」

「来ないね。」
「遅いね。」


「ねぇ、日焼けした?」
「そう。」
「うん、髪。」
「これ6月くらいに染めた。」
「あれ、カラーリングしてたの?」
「うん、染めてるよ。」
「明るい地毛かと思ってた。」
「自分でやったらさ、こっちの上の方だけ明るくなって、
横黒いまま、これ。」

かきわけて見せてくれた。
左耳の上の部分。
確かに他の部分と比べて暗い。

「どれ、これかい?」

触れてしまった。

「ほんとだ。黒い。」
「よく地毛って言われる。」
「これ何色に見える?」
「うんとねー、光当たってたらちょっと茶色いけど。」
痛んだ髪の毛を日に当ててみた。

持つ気がしない。
考えたら4月から3日連続で休んだことがあるだろうか。

あ、ある。
お盆休み。だが一時として塾の業務が頭から離れたことはなかった。
夏は突っ走りすぎた。
自腹を切った過去問集、赤本を手前に意気消沈。
これじゃ生徒さんに影響が出てしまう。

今日は散々だった。
センター形式の大問6。3パラグラフまでしか進まなかった。
問題を解くスピード、全文を把握する力、それさえあれば私に用は無いだろう。
だった60分の授業、たった週2回の授業、どうやって解く力を提供すればいいのだろう。

さんまが食べたかった。
行きつけの居酒屋で白米と共に、食べるつもりであった。
生徒さんの相談に乗った後、自分の仕事を片付けていると
ラストオーダーの時間まであと5分。
諦めて格安の焼き鳥チェーンに行った。魚は出るわけない。

全力で遊ぶ気力も持っていない。
この前は馬鹿みたいに柄物のワンピースを買った。
一体どこに着ていくのだろう。
ここ半年、部屋着を除けばスーツしか着ていない。


「まだ復習済んでない過去問あるよね?まずそっから。」

そう高3の女子生徒さんにいいかけたところ、
あいつが教室を出て行く。
それまでいた机を振り返ると、問題集が。
先ほどテスト範囲だと指示したばかり。

「ちょっとごめんね。」

「忘れ物届けてきます。」

教室を出て非常階段に向かう。

「ちょっと待って!」

返事が聞こえた。

あいつが踊り場に立っている。

「ほら、どうやって勉強するの。テスト出るよ。」
「あ、ほんとだ。やべっ。」
なぜか満足そう。怒られているのに。
「もう、受験票とか忘れないでよ。」
「だからね、受験票ね、いっつも靴の上に置いている。」

それで入れ忘れるんじゃないか?と返そう思ったがやめた。

「もう、しっかりね、じゃ、気をつけて。」
「さようなら。」


テストだけでも2種類、いや3種類。と過去問分析。
講師の宿題は終わるのだろうか。