「先生。」
「おお、どうした?」
「お昼食べた?」
概して女子の方が積極的になれるのでは?
「いや、まだ。講習あるもん。」
「食べたい?」
「だなーそろそろ腹減ったねー。」
「あげる。」
慎吾のジャケットのポケットにおにぎりを放り込んだ。
「なんだよ。え、いいのか?」
「うん、お腹いっぱいだからいらなーい。」
「どうせ夜腹空くべ。」
「うん。だからなんかおごって。」
「いいよ、お前食え。」
「飽きた。おにぎり。」
「わがままだなー。」
「この前黒板消したあげたじゃん。」
「あれお前が勝手に落書きしてけしてただけじゃん。」
「そうだよ。」
「先生ばいばい。」
「おお。」
英語、国語。なんていうか女性の先生が担当されている授業は真面目に受けていた覚えがある。
ただ、慎吾の授業は。
いかにいじれるポイントを探すかに賭けていたのではないか。
授業前の教室、そして終わった後。
彼に駆け寄る生徒は多かったが、みんなが盛り上がっている時はわざと身を引いたりした。
その日もそう。
「先生さようならー。」
女子の集団が帰って行く。
「はい、さようなら。気をつけてな。」
教卓の方へ歩み寄った。
「おお、おつかれさん。」
目だけ合わせて何も答えなかった。
「なした?」
また目を合わすだけ。
当時の私は何を考えていたのか。
「解けたか?わかんないとこなかったか?」
慎吾のきまり文句。そして今の私の常套句。
「見て。」
「おお、途中計算合ってるね。おお、できんじゃん。」
ズタボロでも絶対にできるとこを見つけては大げさにほめる。
これが今の私の身体に染み付いている。
「ねぇ。」
「ん?」
「先生家帰りたくないって思うことある?」
「帰りたくないかー。うーん、俺一人暮らしだからな。」
彼女がいるのは知っていた。
「私くらいの年のとき。」
「そうだなー、あったかもなー。」
時折少年時代の話をしてくれた。
楽しそうに話すその横顔から、勝手にその当時の面影を見出だす。
今考えれば、サービスで、仕事として会話してくれただけかもしれない。
偏差値なんかより、小テストで合格するより、
慎吾と話ができる。この瞬間こそ私の日常のすべてであった。
自分の人生なんてどうでもよかった。
「今日はかえろっかな。」
「お、えらい。気をつけて帰れよ。」
「寂しくないの?」
「ばか。」
「いっしょにかえろ。」
「いい。気をつけて。」
「さようなら。」
「さようなら。」
だけど、その後程なくして慎吾といっしょに帰るようになった。
ナトリウムライトのオレンジ色で照らされる夜道。
人通りが少ないその道を歩ける数十分間、それが未だ私の脳裏に焼き付いている、
彼の手の体温と共に。
自分の人生に正直に向き合えば、傷つくことも多い。
自分の人生に投げやりになったら、失うことに抵抗しなくなる。
受験生の時に、本気で人を好きになってしまったら
どう自分は壊れて行くのだろうか。
「先生。ここわかんない。」
「微積か?」
「たぶん。」
「なんだ、-2と4入れてあと計算すればできるぞ。」
「そうなの?」
揚げ足をとるのが好きであった。
今で言うかまってちゃんだったかもしれない。
問題がわかるどうこうより、真剣に解説してくれる慎吾を見るのが好きであった。
正直、自分の学力なんかどうでもよかった。
「わかった?」
「うん。先生、ありがとう。」
「じゃあ、チャートのこの例題と、あとこれ。この下の問題解いておけよ。」
「はーい。」
家に帰れば参考書に触ることはなかった。
ひたすら慎吾を思い出して、幸せな気分に浸る。
そして朝、いや昼まで眠る生活。
夜型、だらしない生活習慣。もうすでに始まっていた。
今となんら変わらない。
そして3日後には似た問題の質問に行く。
それにもかかわらずプロの慎吾は優しく教えてくれる。
質問に行く前、必ずヌードベージュの口紅を引いていた。
年齢に見合ってはいなかったかもしれないが、他の子より差をつけたかった。
「booooboooooo。」
着信だ。どうでもいい相手からだったので無視する。
”14:39”
どうやら朝方には眠れたようだ。
今日は17時出勤。
「は~。もうわや。」
マルボロを1本取り出し、テーブルの上のボスのシルキーブラックのふたを開ける。
昨日のうちに冷蔵庫に入れておけばよかった。
鏡を見ると髪の毛がうねってふくらんでいる。
シャワーを浴びた後、乾かさずに寝てしまった。
「ま、いっか。」
PCを開きwordを立ち上げる。
今日は文法テストを課している。
一昨日25問まで作成。
ボサボサ頭のまま作業を開始。目標は15時半に終わらせること。
途中胃に何か入れたい気分になったがそんな余裕はない。
途中キンキンに冷えたレッドブルが欲しくなったが買いに行く余裕はない。
いいよ。どうせいっぱい寝たし。
結局16時頃に完成。
事前に温めておいたストレートアイロンで修復不能な癖毛を伸ばす努力をする。
毛先を巻く余裕はないだろう。
スキンケアを同時並行。
なんとか眉毛を描き、最低限のアイシャドーを塗る。
仕事に行ける体裁は整った。
口紅なんかは引いてないが。
自分の人生に投げやりになったら、失うことに抵抗しなくなる。
受験生の時に、本気で人を好きになってしまったら
どう自分は壊れて行くのだろうか。
「先生。ここわかんない。」
「微積か?」
「たぶん。」
「なんだ、-2と4入れてあと計算すればできるぞ。」
「そうなの?」
揚げ足をとるのが好きであった。
今で言うかまってちゃんだったかもしれない。
問題がわかるどうこうより、真剣に解説してくれる慎吾を見るのが好きであった。
正直、自分の学力なんかどうでもよかった。
「わかった?」
「うん。先生、ありがとう。」
「じゃあ、チャートのこの例題と、あとこれ。この下の問題解いておけよ。」
「はーい。」
家に帰れば参考書に触ることはなかった。
ひたすら慎吾を思い出して、幸せな気分に浸る。
そして朝、いや昼まで眠る生活。
夜型、だらしない生活習慣。もうすでに始まっていた。
今となんら変わらない。
そして3日後には似た問題の質問に行く。
それにもかかわらずプロの慎吾は優しく教えてくれる。
質問に行く前、必ずヌードベージュの口紅を引いていた。
年齢に見合ってはいなかったかもしれないが、他の子より差をつけたかった。
「booooboooooo。」
着信だ。どうでもいい相手からだったので無視する。
”14:39”
どうやら朝方には眠れたようだ。
今日は17時出勤。
「は~。もうわや。」
マルボロを1本取り出し、テーブルの上のボスのシルキーブラックのふたを開ける。
昨日のうちに冷蔵庫に入れておけばよかった。
鏡を見ると髪の毛がうねってふくらんでいる。
シャワーを浴びた後、乾かさずに寝てしまった。
「ま、いっか。」
PCを開きwordを立ち上げる。
今日は文法テストを課している。
一昨日25問まで作成。
ボサボサ頭のまま作業を開始。目標は15時半に終わらせること。
途中胃に何か入れたい気分になったがそんな余裕はない。
途中キンキンに冷えたレッドブルが欲しくなったが買いに行く余裕はない。
いいよ。どうせいっぱい寝たし。
結局16時頃に完成。
事前に温めておいたストレートアイロンで修復不能な癖毛を伸ばす努力をする。
毛先を巻く余裕はないだろう。
スキンケアを同時並行。
なんとか眉毛を描き、最低限のアイシャドーを塗る。
仕事に行ける体裁は整った。
口紅なんかは引いてないが。
23時半に退勤。
なぜ行きつけの店のラストオーダーよりも、遅く帰るはめになるのか。
結局秋になっても6~7時間勤務が常になりそうだ。
胃袋をふくらませるにはバドワイザーに限る。
疲弊した夜の行き着く先は、hubである。
まっすぐ帰るつもりだったのに。
「もしもし、夜分遅くに失礼します。私○○塾の、」
「俺です。」
「あ、こんばんは。」
「こんばんは。」
「今日どうしました?体調悪かったんですか?」
電話口では敬語になる。この切り口で負けたも同然。
「あ、はい。」乗っかってきた。
「伊藤先生には言った?」
「いや、先生の方早く帰ったんで。」
「そう。」
数日前も腹痛と言って帰った。
以下消化試合。
「大丈夫なの?」
「あ、はい。」
「明日来れる?」
「大丈夫だと思います。」
「そう、じゃあ体調整えてね。お待ちしてます。」
「はい。」
「失礼します。」
何も言われず切られた。
なぜお母様に代わって頂けますか?その一言が言えなかったのか。
家庭連絡さえ効力を発しない。
浪人生の秋は辛い。
それ以前に目の前にあるのは勉強のみ。
志望校に入るのにこんなに努力が必要なのか?
そう打算的に考えては逃げたくなるのも無理は無いだろう。
また何かと勉強しなくていい理由を探してしまいかねない。
あいつが帰った。
「大丈夫?単語やってる?」
「はい。」
「見るだけになってない?」
「わかんなかったやつ書いてます。」
「あるの?見せて」
16時半に出勤。
古文の伊藤先生とあいつが、すでにブースに入っていた。
そのやりとりの中で、伊藤先生が何とか喝を入れあいつの気持ちを引き締めさせようと
全力で当たってるのが見て取れた。
一昨日、あいつが依然として手を動かす勉強をしないことに対し今後の不安が募り、
伊藤先生、藤原先生に現状報告のメールを送った。
学生としても忙しい二人だ。
秋から週1回しか出勤できないため、授業時間のみではあいつの状況把握が難しいと思った次第だ。
現状共有があれば、その後の行動も変わる。
12月になってからは遅い。
変わるなら、実践力をつけるなら、本当に今しか無いのだ。
17時になり二人の授業は終了。
それと共に、私の担当の授業が開始。
授業後フォローは次期エースと見込んでいる田村先生が引き受けて下さった。
伊藤先生に手はずを教えられながら取り組んでいた。
授業後も、伊藤先生はあいつの横について下さった。
見た目はワイルドでチャラ男っぽいと形容されがちな彼。
中身は真逆。
特に自分の生活態度と比較したら、とてつもなく恥ずかしくなるばかりだ。
ただ生徒さん、仕事に対しては真摯そのもの。
いつもと違って笑い声こそ聞こえなかったが、
あいつに真剣に向き合ってる先生がいた。
だから安心して自分の授業を進めていた。
伊藤先生が退勤して少し経ったあと、あいつが席を立つ。
どうせ食事だろうと自分の授業をしていた。
「はい、こっからここまでS!マーカー引いておいてね。
コピーしてきます。」
ブースを立って気付いた。
あいつがいた席はきれいに片付いている。
荷物も無い。
”バイトだったのか”そう思ってたのだが。
なぜ行きつけの店のラストオーダーよりも、遅く帰るはめになるのか。
結局秋になっても6~7時間勤務が常になりそうだ。
胃袋をふくらませるにはバドワイザーに限る。
疲弊した夜の行き着く先は、hubである。
まっすぐ帰るつもりだったのに。
「もしもし、夜分遅くに失礼します。私○○塾の、」
「俺です。」
「あ、こんばんは。」
「こんばんは。」
「今日どうしました?体調悪かったんですか?」
電話口では敬語になる。この切り口で負けたも同然。
「あ、はい。」乗っかってきた。
「伊藤先生には言った?」
「いや、先生の方早く帰ったんで。」
「そう。」
数日前も腹痛と言って帰った。
以下消化試合。
「大丈夫なの?」
「あ、はい。」
「明日来れる?」
「大丈夫だと思います。」
「そう、じゃあ体調整えてね。お待ちしてます。」
「はい。」
「失礼します。」
何も言われず切られた。
なぜお母様に代わって頂けますか?その一言が言えなかったのか。
家庭連絡さえ効力を発しない。
浪人生の秋は辛い。
それ以前に目の前にあるのは勉強のみ。
志望校に入るのにこんなに努力が必要なのか?
そう打算的に考えては逃げたくなるのも無理は無いだろう。
また何かと勉強しなくていい理由を探してしまいかねない。
あいつが帰った。
「大丈夫?単語やってる?」
「はい。」
「見るだけになってない?」
「わかんなかったやつ書いてます。」
「あるの?見せて」
16時半に出勤。
古文の伊藤先生とあいつが、すでにブースに入っていた。
そのやりとりの中で、伊藤先生が何とか喝を入れあいつの気持ちを引き締めさせようと
全力で当たってるのが見て取れた。
一昨日、あいつが依然として手を動かす勉強をしないことに対し今後の不安が募り、
伊藤先生、藤原先生に現状報告のメールを送った。
学生としても忙しい二人だ。
秋から週1回しか出勤できないため、授業時間のみではあいつの状況把握が難しいと思った次第だ。
現状共有があれば、その後の行動も変わる。
12月になってからは遅い。
変わるなら、実践力をつけるなら、本当に今しか無いのだ。
17時になり二人の授業は終了。
それと共に、私の担当の授業が開始。
授業後フォローは次期エースと見込んでいる田村先生が引き受けて下さった。
伊藤先生に手はずを教えられながら取り組んでいた。
授業後も、伊藤先生はあいつの横について下さった。
見た目はワイルドでチャラ男っぽいと形容されがちな彼。
中身は真逆。
特に自分の生活態度と比較したら、とてつもなく恥ずかしくなるばかりだ。
ただ生徒さん、仕事に対しては真摯そのもの。
いつもと違って笑い声こそ聞こえなかったが、
あいつに真剣に向き合ってる先生がいた。
だから安心して自分の授業を進めていた。
伊藤先生が退勤して少し経ったあと、あいつが席を立つ。
どうせ食事だろうと自分の授業をしていた。
「はい、こっからここまでS!マーカー引いておいてね。
コピーしてきます。」
ブースを立って気付いた。
あいつがいた席はきれいに片付いている。
荷物も無い。
”バイトだったのか”そう思ってたのだが。