浪人生の恋愛 2 | Startin' over…
「先生。」
「おお、どうした?」
「お昼食べた?」

概して女子の方が積極的になれるのでは?

「いや、まだ。講習あるもん。」
「食べたい?」
「だなーそろそろ腹減ったねー。」
「あげる。」

慎吾のジャケットのポケットにおにぎりを放り込んだ。

「なんだよ。え、いいのか?」
「うん、お腹いっぱいだからいらなーい。」
「どうせ夜腹空くべ。」
「うん。だからなんかおごって。」
「いいよ、お前食え。」
「飽きた。おにぎり。」
「わがままだなー。」
「この前黒板消したあげたじゃん。」
「あれお前が勝手に落書きしてけしてただけじゃん。」
「そうだよ。」

「先生ばいばい。」
「おお。」


英語、国語。なんていうか女性の先生が担当されている授業は真面目に受けていた覚えがある。
ただ、慎吾の授業は。
いかにいじれるポイントを探すかに賭けていたのではないか。
授業前の教室、そして終わった後。
彼に駆け寄る生徒は多かったが、みんなが盛り上がっている時はわざと身を引いたりした。
その日もそう。

「先生さようならー。」
女子の集団が帰って行く。
「はい、さようなら。気をつけてな。」


教卓の方へ歩み寄った。
「おお、おつかれさん。」
目だけ合わせて何も答えなかった。
「なした?」
また目を合わすだけ。
当時の私は何を考えていたのか。
「解けたか?わかんないとこなかったか?」

慎吾のきまり文句。そして今の私の常套句。

「見て。」
「おお、途中計算合ってるね。おお、できんじゃん。」
ズタボロでも絶対にできるとこを見つけては大げさにほめる。
これが今の私の身体に染み付いている。
「ねぇ。」
「ん?」
「先生家帰りたくないって思うことある?」
「帰りたくないかー。うーん、俺一人暮らしだからな。」

彼女がいるのは知っていた。

「私くらいの年のとき。」
「そうだなー、あったかもなー。」


時折少年時代の話をしてくれた。
楽しそうに話すその横顔から、勝手にその当時の面影を見出だす。
今考えれば、サービスで、仕事として会話してくれただけかもしれない。

偏差値なんかより、小テストで合格するより、
慎吾と話ができる。この瞬間こそ私の日常のすべてであった。
自分の人生なんてどうでもよかった。

「今日はかえろっかな。」
「お、えらい。気をつけて帰れよ。」
「寂しくないの?」
「ばか。」
「いっしょにかえろ。」
「いい。気をつけて。」
「さようなら。」
「さようなら。」

だけど、その後程なくして慎吾といっしょに帰るようになった。
ナトリウムライトのオレンジ色で照らされる夜道。
人通りが少ないその道を歩ける数十分間、それが未だ私の脳裏に焼き付いている、
彼の手の体温と共に。