Startin' over… -29ページ目
「あのご相談なんですけど。」

「はい、いかがされましたか。」

「あの子の生活態度なのですが・・」

どうやら朝は11時まで寝ていて、14時頃まで家にいるらしい。
春は図書館に行くなど勉強をしていたが全然行ってないらしい。

「私が仕事から帰ってきても、まだいることがあるんです。
いくら行きなさいって言っても、何かにつけ言い訳して・・。」

図書館まで歩いて行く時間が無駄。
かといって家で勉強している様子は無い。

「そうですか。実は私たち講師も同じ認識を持っておりました。」

今のままでは志望校どころか大学受験、いや浪人生活を続けることすら
危うい状態だ。
密度の薄い勉強、宿題への取り組みの甘さ。
志望校を受験するのは、何も第一志望者だけではない。
それに現役生はこれから馬鹿みたいに力を伸ばして行く。

「そうですよね。偏差値が芳しくないにもかかわらず、こんな状況だから。
本人が一番危機感を持っていなくて。」




「RRRRRRRRRRRRR」

いつも通り教室長も外部から来た社員も、誰も電話に出ない。
お客様のことをどう思っているのか。
神経を疑うのも疲れてきた。

授業を中断し、駆け寄る。

「大変お待たせしました。○○塾△校のxxでございます。」
「お世話になっております。」

あいつのお母様からだった。
「こんにちは!お世話になっております。」
「ご相談なんですけど・・・。」

クレームか?
授業、偏差値、教室対応それとも・・・。
あらゆる覚悟を決めた。
触れずにはいられない。
こちらに投げ出される左手は、心を開いているようにも見える。
厚手のシャツに変わった。
胸板に額を押し付け、その柔らかい布の温かみを感じたい。


後輩が干された。
次期教室リーダーにするため、今から育てようと思っていた講師だ。
その中継ぎとして、日頃から頼りにしていた小坂先生も同じ目に合っている。
私のせいだ。
私が二人の名前を出したからこそ、干されたのだ。

大学受験指導の需要が高いため、私のコマが減っていることは無い。
運がいいのと、生徒さんに恵まれているだけに過ぎない。

使えない社員にとって、全体を見れる講師・生徒思いの講師ほど邪魔なものは無いだろう。
急なシフトの改変、生徒さんの気持ちを無視した講師手配。
目に余るものだった。
これこそ会社の方針からの逸脱ではないか?

朝からむかむかした。
仕事のできない正社員の復讐が始まるのかと、覚悟を決めていた。
勝手に病欠にし、授業ができないことにし、顧客側に私の評判の落とし、
担当変更。そんなことだってやりかねないだろう。
精神的に不安定だったのも否めない。

他の生徒さんの前だったら隠せる。
空元気で乗り切れるけど、
あいつの前では違った。

穏やかな横顔を見ると安心して、すべてを吐露してしまいたい衝動にかられた。
こんな年下の男に過ぎないのに、体温が高めのその手に触れたい。
なんだか、父親が与えてくれるはずだったものを、あいつの中に感じてしまった。
子供のように泣きついても、平静として受け止めてくれそうな、そんな余裕のある
表情、手。
すべて、かつて慎吾に求めたものを、あいつの中に見出だしていた。

「先生?」
「え。」
「書きました。」
「そう。」

いつもより、あいつの手が大きく見えた。