Startin' over… -28ページ目
「だってそれ日曜じゃないじゃん。」
あいつが口をとがらせて言う。
「わかった、わかったから、ごめんね。月曜ね。」
「だって日曜じゃないじゃん。」
「わかったから。ごめんって。」

一番に避けるべきは、泣き出させないこと(笑)。
勉強することリストに、”模試の復習”を書き込む。



怒濤の9月面談が終了した。
報告書の作成は簡素だったもの、あいつの生活態度の乱れ・各教科の基礎力不足、
志望校との距離は縮まるどころか離れるばかり。
ここで叩き直さないと本当に落ちてしまう。
”厳しめに行こう”
面談を前にして伊藤先生、藤原先生と方針を固める。

各講師が順々にお父様とあいつに向けて、9月の学力の現状、宿題・自習への取り組みの問題点、
克服すべき課題の報告。そして生活面・心理面など今後の過ごし方についてお話させて頂いた。

みんな熱が入り、予定の時間よりも長め。
勉強の仕方・生活習慣を整えること、それが合格に不可欠であると切に訴え続ける。

パーティションの裏から、お父様から投げかけられる質問につまるあいつが見てとれた。

私が話すのは最後。
面談席に入ると、あいつが泣きそうな顔をしている。

厳しいことを言う。
そう自分から言い出したのに、一気に話すべきことが、頭から飛んでしまった。

事前に報告書に目を通して頂いたということもあり、
伊藤先生・藤原先生からもあった通り起床・就寝時間を固定させること、
また英語・現代文共に自分の言葉で説明する力をつける必要があることをお伝えした。


もっと言うべきことはあったのではないか。
言い訳が多いこと。これも重大な問題。


「ここに宿題やりきれてないってあるけど、どうしてなのかな?」
報告書を指差し、お父様があいつに尋ねる。

下を向いたまま、言葉を発しないあいつ。
目がどんどん潤んでいく。

沈黙。


いつもならこちらから言葉を投げかけるが、あえて口をつぐんだ。


再度お父様が優しく尋ねる。

「量が多くてやりきれないなら、家で時間つくってやらないといけないし、
もしわからないなら先生に聞かなきゃいけないし。」

「うん・・・。」
「先生とは毎日会えるんだよね?」
「うん。」「はい。」
「では甘えちゃって申し訳ないんだけど、彼に前日に次の日にやること宣言させて欲しいんですよね、そしてスケジュールとちゃんとやったのかチェックして頂きたいんですけど。」
「はい、かしこまりました。」
「それでできたらそれでいいし、できなかったらまた調整するなどして対応して頂ければ。」
「はい。」

ご要望をメモする。
何としてでもあいつとの時間を確保せねば。

「他に何か心配な点はございませんか?」
「大丈夫です。」
「では長くなってしまいましたがお忙しい中ありがとうございました。」
「こちらこそありがとうございました。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」

早々とあいつはうつむいたまま面談席を出て行った。
お父様を伊藤先生とお見送りした後、あいつの席へと行った。

特別な感情抜きにして、背中を撫でたあげたくなるほど、縮こまっている。
まだ涙目。

「よし、明日やること決めよう。」

起床時間・就寝時間の固定は必須。それを元にスケジュール・やることの管理をする。
「明日模試。」
「うん、そうだね。じゃ復習やらなきゃね。終わったら。」
「バイトあるもん。」
「じゃ、バイトまでの時間は?」
「模試何時に終わるかわかんないし。」
「それじゃあ、いつやるの?」
「え、時間余ったらその時に。」

「伊藤先生、この子時間余ったらって言ったよ。」

苦笑いしながらこちらに来る。
「おい、面談の意味ねーじゃねぇか。」
「え、だって、何時になるかわかんないし。」
時折目をこするあいつ。
「電車ん中でやりゃいいじゃん。」
「えー、電車の中ぁ?」
「帰ってから。」
「だってバイト12時までだもん。」
「じゃあ6時に起きりゃいいじゃん。」
兄貴のようにあいつに接する伊藤先生。

「そう、じゃあ次の日の朝は?」私が割り込んだ。
「それ明日じゃないじゃん。日曜じゃないじゃん。」

目を赤くさせながら、あいつがこれでもかというくらい主張する。
今は”明日やること”を決めているところ。
確かにもう日曜ではなくなる。
これがあいつの理屈だ。

いつやるかも大切だが、自分で時間を決めて即模試の復習をやって欲しいだけなのだが。





穏やかな目に見入ってしまい、そんな自分に気付いては
目を反らしてしまう。
癒しや支えなど、簡単な言葉で片付けてしまうのはもはや不可能だ。
寄りかかれる人は、一人しかいない。


一つになりたい。
顔を合わせるたびに、全神経が理性を壊そうとする。
このまま自分の身体を消してしまえばどんなに楽であろうか。


「先生。」

ひどく暗い表情をしていただろう。

以前はこちらにつられて、あいつの目からも輝きが消えていたものだ。
とても楽しく過ごせるような状況ではない。
だけど、

「この前ね、寝ながらスマホいじってたら顔に落とした。
見て、ここ青タンになってる。」
「え、」

あいつの顔を覗き込む。
これ以上は近づけない。

「本当だ。」

「めっちゃ痛かった笑」

小学生の男の子の生徒さんが、熱っぽかった時、その子の額に手を当てたことがある。
その様子をあいつが注視しているのを感じた。
講師に過ぎない。交換可能な歯車に過ぎない。
与えられるものは限られている。
その子。
母親不在の家庭、愛情に飢えているのだろうと幾度も感じた。

その子の姿を、あいつの中に見出だすことがある。

あいつがもっと子供だったら、私は触れていたのだろうか。
私がもっと幼かったら、慎吾に触れられていなかったのだろうか。






「私たちがぐちぐち言うから、聞く耳持たなくて、
また主人とも春みたいになっちゃったらって考えると・・。」

確かに二浪が決まったあの日、あいつは泣いて教室を飛び出した。
担当する際に、前の教室長から重要事項の1つとして引き継いだ内容だ。
この点には私たちも細心の注意を払っている。

「お家で、荒れたりしていませんか?」
「え、塾で荒れてるんですか!?」
「いえ、それは大丈夫です。」

「そうですか。よかった。
中学高校と、進路を決める時に荒れちゃったこともあるので。
でも、だからと言って乱暴な子では無いんです。」

そう、私にだってわかる。
だけどお母様はそれを知らないから必死に訴える。

「本当は、いい子なんです。」

”いい”、それをどの語に置き換えようか選択肢が多すぎて迷う。
「そうですよね、やさしい方ですよね。」
あいつに救われた場面は数知れない。
それらを一語で形容することは簡単ではない。

「あの子、よくうちで話してるんです。
先生が、いつも俺のことを心配してくれるって。」


確かに受け持ち生徒さん、それ以外の生徒さんでも
必ず一日一回は会話するようにしている。決して特別なことではないと思う。

「先生が、体調大丈夫?とかよく気遣って声かけてくるって、
よく話してるんです。」

「何だか、あの子、嬉しいと思うんですよね。」


以前電話でお話したとき、確かに家で私のことを話しているとは聞いたことがある。
だが、そこまで頻繁なものとは思ってもいなかった。

「そうですか・・・。」

「そう。だから先生のこと、本当に信頼しているんです。
あの子にとって、先生は、私たち親とかみんな周りがガミガミ言う中、
あの子にとって支えになっている、唯一拠り所になっていると思うんです。」

あいつには厳しく接してきたつもりだ。とりわけ。
甘いのだろうか。と考えることは止めて、そんな風にお母様が思われるほどに
思ってくれていたなんて。












講師として、幸せなこと。
そう理性で解釈させた。


「ありがとうございます。」

「だから、授業毎に、もうすでに、何度も、他の先生方もやられていると思いますが、
今一度厳しい現実を突きつけて頂けたらなぁと。」

「はい、わかりました。
私たちも言葉足らずだった部分があるかと思います。
再度お伝えします。」

「ありがとうございます。よろしくお願いします。」

「こちらこそよろしくお願いします。精一杯頑張ります。」



一切の、生身の女としての感情は押し殺した。