Startin' over… -20ページ目
まただ。
単語帳を見ているだけ、ひたすら一問一答をやるだけ。
宿題はぎりぎりまでやらないから、追加もできない。
それに加え、来るのは遅い。
勉強の密度が濃くなるどころか、薄くなっている。

その姿に感情的にイライラした。
やる気のある子の質問対応に追われてるのと、下は受けたくないというあいつの意思。
ここ一週間距離をとって接していた。
というより、空気のようにしか扱ってなかったのかもしれない。

「え!帰んの!?」
「うん。」

まだ20時。

どうしてこう平静とした返事ができるのか。
またその態度、先に挙げた勉強の仕方に腹が立ってしょうがなかった。
口を開けば言い訳ばかり。
ご家庭からの電話で、家で勉強してないのもわかっている。
それにもかかわらず嘘をつくろう姿が、いっそう私の腹を立たせた。
正直、口を聞くのも横にいるのも嫌であった。


故に冷たく接した。

「書いたの?」
「あ、やべ。まだだ。」

to doリストはまだ続けている。
書く気なんてないのだろう。また守る気も無いらしい。
口でどう言い訳したってその行動からはそう判断するしかない。


求めなければ、怒りも生まれない。
そうは思ったけど、求めなくても苛立つのは避けられなかった。

また接する時間が夕方の数分くらいしかない状態だったから、
向こうからコミュニケーションととってくることもあった。

「先生?」
「え、なに。」
「6無いんですけど。」

印刷したはずだ。
駿台の予想問題第六回の大問6だ。
「え!?嘘、入ってなかった?」
今週は全8回分の大問6を宿題に課した。
といっても一回あたり20分。
全部で160分。見直し・復習を含めても大した量ではない。

あいつは最近ものをよく無くす。
もしくは無くしたふりをする。
それでこちらが動くように仕向ける。
ふざけているのか、楽しんでいるのか、それとも気をひきたいだけなのかはわからない。

「先生。解答どこですか。」
「あーちょっと待って。今出すから。」

「はい。」
「ありがとうございます。」

すぐさま他の業務に戻った。

「採点終わりました。」
「そう。」

予想問題の各回の大問ごとの点数表を持って、あいつが寄って来た。
つい”いちいち報告するなよ”と思ってしまった。
そして間違った理由を聞いてもいないのに語り出した。
これを”分析”と思えない私は失格だろうか。
すべて言い訳しているようにしか聞こえない。
”実力が無い”
そう認めることをあいつは頑に避けてきた。
実力が無いわけではないと証明するのに理由探しに躍起になる。
理由が見つかればそれで満足、というか納得し、根本的な現状認識とは離れ行くばかり。

怒鳴りそうになるのを抑えながら、冷たい相槌を打つ。
とてもお客様に対しての態度ではない。
もはや勘違い講師であろうか?


無力である。
そう認めることは、私にとって簡単で、それが強さへの原動力となっていた。
わずかな力さえ無いも同然と認識し、大胆に削ぎ落した。
自尊心と可能性のすべてを捨て去ったからこそ、今がある。
それに対しあいつは真逆だ。

どちらが悲しいのだろう。
それは言うまでもなく私の場合であろう。
まだ、あいつの考えには希望がある。
自分を信じている。
しかし、それが結果を出すための力をつけることの足かせになっている。


「バイト?」
あいつのシフトはすべて把握していたが、わざとらしく聞いてみた。
「ううん。」
意味の無いやりとり。

そこへ別の生徒が宿題の提出に来た。
”先生”に褒められるのが嬉しいタイプ。
他の生徒の前で褒められることで、自尊心を満たすつもりなのだろうか。
このタイプのお客様は、プライベートであれば理解不能だ。
教師を、またそれに準じる物に対し疑うこと無く権威を感じる人間を何年も懐疑的に見てきたのだから。
だがその時は、おおげさに褒めた。
浪人生への刺激に、と思っていたのも確かにある。
あいつに刺激を与えたくて、聞こえるように現役生を褒めたり、いい点数を叩き出した子の得点を読み上げたりもした。
ただこの時、私の視界からあいつは消えていた。
横で帰る準備をしているのだろうか。
視線はこちらに向けられているように感じる。

「さようなら。気をつけてね。」

寂しそうな、心許ない目のまま、あいつが教室を出て行った。
接客笑顔など無縁だった私。
自己嫌悪に駆られた週の終わりであった。
誘う気もないし、誘われる気もない。
飲み会でさえ、一定の年齢を超えれば楽しむ場ではなく戦略的な場となる。
とても休みの日にすることではない。

それでかまわない。もともと楽しむのは苦手だ。
やってみたいこともたくさんあったけど、我慢できるようになった。

ヒマだから忙しくしてみる。
空っぽだからいっぱいにしてみる。
でも満たされることはない。

知り合いに会いたくなくて、でも遠くまで行くには気が引けて
電車で2駅の街まで出かけた。
特に用事も無く。

落ち着いて本でも読めれば十分だった。
おしゃれな店でなくていい。
一服できて、ゆったりした椅子さえあれば。

「いらっしゃいませ。1名様ですか?喫煙と禁煙ご希望ございますか?」

どうやら遅めの一人ランチの女子もちらほら。
ただ圧倒的に多いのは女性2人組だ。

「付き合ってないけど、何かデキてる?」
「まじでー?」
「空気感がね、違うの。」

店内をBGM以上に満たしているのはガールズトーク。
昭和史の本で、ポツダム宣言受諾の裏側についての章を読んでいるときだった。
この組み合わせ、なかなかいいと思う。
場違いなことをしている自分を笑う余裕が私にある。

19歳。
会いたくて、仕事場の近くまで行っては
無理と言われてボロボロになって一人マクドナルドや格安カフェで無為に時間を過ごしてきたりした。
その時の慣れがある。

大学に入り、出会った女子の中ですぐさま予定を立てたがる子がいた。
何となく~行きたいねーなんて話してたら、
「いつ空いてる?」
と手帳を開き、その空欄を埋めようとする。
さらに恋愛話はオープン。
バスの中でも好みの男について語り出す。
周りの男性からひんしゅくを買うのではと思うほどに、あけっぴろげに話す。

束縛されているようで、また土足で立ち入られるようで不快だった。
カジュアルに語れる恋愛経験は女子にとっての必要条件なのか?

ならば私は女をやめたっていいと思っている。
事実、男でないだけの何かである。
まだ昼に起きれるだけまともなのだろうか。
大量の洗濯物があるにもかかわらず、外に出ることを優先したい。
日が暮れるのが早すぎる。

適当に掃除機をかけ、人を招いても恥ずかしくない程度の状態をつくり、
街へ出る。
仕事にことは考えないと言いつつも、本屋へ行っては参考書を漁る。
看護数学の参考書を何とかせねば。
何度自腹を切っているだろうか。
教室の最低限のインフラ、そんなものさえ抜け落ちている。
むしろ、自爆して購入した参考書の使用を教室の問題点としてすくいあげようとする動きに憤りを隠せない。
そんなことするならば、行われるべき授業が当日になっても把握されてない、時間通りに教室が開かない現状は、どう説明すべきなのだろうか。

抹茶が食べたい気分だ。