「おはよっ。」
「うわっまた会った。」
”また”とは何だ?出勤時に会ったのはこれが初めてでないか。まぁいいや。
信号待ちをしていると、南側からあいつが歩いてきた。
ちょうど青になればばったり合うタイミング。
だが皮肉にも、あいつはいつかのように素通りしていく。
気付いてるのか気付いていないのか。
別方向の道に入り、適当に角を曲がったとこで、背中が見えたから声をかけた。
「お昼は、食べたの?」
「うん。」
「松屋最近高いよね。」
「ほんと。どこ行ってるんですか?」
「最近はーすき屋かな。」
「そうじゃなくて、道。」
「え?」
狭い路地。路駐しているトラックを避けようとしただけだ。
「いやいや、教室向かうよ。」
「びっくりした。」
びっくりしすぎだろ。
今日にせよ昨日にせよ。
昨日も退勤後、スーツケースをガラガラ引く私の真横を素通りして行った。
声をかけたが早足で追い抜かれた。
悔しいからリュックを引っ張ってやった。
「どんくらいに着くかな?」
「あと10分くらいじゃない?」
「開いてるかな?」
「開いてるんじゃないすか。」
苦笑しながらあいつが言う。
夏には二人で教室の外で待たされた。
お客様の信頼を守るという義理で社員を馬鹿にする言動は控えていたが、最近はどうでも良くなってきた。今さらではあるが、生徒さんはとっくに気付いている。
週数回しか来ない講師よりもずっと。あいつに限ったことではない。
歩くペースを緩めるあいつ。昨日の素通りの時との違いに驚愕。
二人で歩くと、会話に困る。
夜振り返ってみると、聞きたい事・話したい事がその時になって沸々と湧き上ってくる。
予習した歴史年号を思い出すかのように、ネタを探す。
「髪、伸びたね。」
「そう、邪魔臭い。」
「ちょくちょく切ってるよね。」
「うん、美容師さんがね、あんま短く切らない。」
「そうなんだ。」
「で、すぐ伸びるの。最近は切りに行くのめんどいから行ってない。」
前は立ち上がっていたハチの部分が、重みで下がっている。
ファッションには無頓着らしいが、かなり暗めとはいえカラーリングは怠ってないようだ。
「飲み物かってこうかな。」
「じゃ、行く。」
いつも裏で待ち合わせをするコンビニに入った。
コーヒーの棚に向かう私に、後ろからあいつがついてくる。
「特に買いたいもの無いんだよね。」
「いっつも何飲むのさ。」
「モンスターのコーヒーのやつ。」
「どれさ。」
「えー売ってない。」
レッドブルを2本とった。
適当に商品を見て歩く。会話のネタが浮かばない。
接客ならいくらでもできるのに、どうして?
意味も無くミニトマトがある棚に顔を近づけた。
「晩ご飯とか、どうしてるんですか?いつも帰ってから?」
「うーん、そうだね。昨日は飲んでました。」
「あら。」
「ザンギと日本酒。それっきり何も食べてないや。」
「やばっ。」
一人で出勤できたならどっかに寄ってたのかもしれない。
「俺、外で待ってる。」
会計を終えた後も、悠長にATMで金を下ろす。
「お待たせ。」
あいつがスマホをポケットにしまう。
「日本酒って言って、引かないんだ。」
「え?別に、ただ好きなんだなーって思ってた。」
「そう。」
教室があるビルに入る。
「はい、これ。夏待たせちゃったことあるし。」
「ありがとうございます。」
教室に着いた後、教科書を出し、
あいつがブルの缶を開ける音に、安心感を見出だした。