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Je veux être une femme rayonnante

iroiro

私(40代 乳がん(小葉ガン)治療中)
夫(40代 サラリーマン)
小夏ちゃん(高校生)
イグル君(中学生)

3連休、部屋の片付けをしていたら、 

大量のノートとスケジュール帳が出てきました気づき


昔、働いていた職場で、使っていたものです。

当時の私は、エンジニアとして働いていました。


私が働いていた業界は、当時競争が激しく、

毎日が怒涛の日々でしたアセアセ


スケジュール帳は、ぎっしりと打ち合わせの予定で埋まり、

やらなければならない業務が、椀子そばのように、

やってもやっても運ばれてくる……。


打ち合わせでは、自分の意見が通らず、悔しくて、

トイレで涙したことも…

正直、辛いことの方が多かったような…。


それでも続けてこられたのは、助けてくれる人がたくさんいたから。

昔から、逆境に立たされると、不思議と必ず、手を差し伸べてくれる人が現れる。


そして、自分を必要としてくれる職場だったからこそ、

「ここが自分の居場所なんだ」と、思えたのかもしれません笑い泣き


仕事って、人間関係が大事だとここで勉強になりました。


もう十数年前に、泣く泣く退職した職場の話です。


あの頃の私は、確かに輝いていたな、と。

だからこそ、いっぱい勉強したノートやスケジュール帳が、

思い出であり、どうしてもいまだに捨てられない。


頑張った証。


あの頃の熱量とは、形が違うかもしれないけれど、

今の私だからこそ放てる光が、きっとあるはず…


気持ちが塞ぎ込んでしまいそうな日もあるけど。


焦らず、

腐らず、

今の私の歩幅で。


もう一度、自分らしく輝けたらなぁ…

そう強く感じた、休みの日となりましたデレデレ



 

 



 

 



 

 



 

 



先日、乳がんの診断書の受け取りに行ってきました。


その場では名前だけを確認して受け取り、

家に帰ってから改めて目を通してみると——

退院日が、手術をした翌日になっている。

10日間入院していたのに滝汗


「手術の翌日退院って、めちゃくちゃハードじゃない?」

と心の中でツッコミを入れつつ、再度病院へ行くことにしました。


大きな病院なので、

「訂正だけでもまた時間がかかるんだろうな……」

提出の準備までしていたので、早く終わらせたいところですガーン



そこでふと、5年前のことを思い出しました。


別の総合病院で手術をしたときに、

間違いだらけの診断書を出されたことがありました。


そのときは、まず傷病名が間違っていましたタラー

正式名称から「骨」という漢字が抜けていたので、

担当の医療事務の方にその旨を伝えたのですが——


返ってきた診断書には、

間違った名称のままと、

なぜか横に「骨粗鬆症」と追記されていました。


私の説明が悪かったのでしょうか…ゲッソリ


主治医から、

骨粗鬆症だと言われたことは一度もありません。

骨を削る手術だけど、当時の手術とも関係がないはず。


それどころか、

当時はまだ若かったので、

「え……私、骨粗鬆症なの?」と

ショックを受けたくらいでした。


再度問い合わせをして、

・傷病名が訂正されていないこと

・骨粗鬆症なのかどうか

を確認したところ、骨粗鬆症ではないとのこと悲しい


じゃあ、なぜ書いたの?

カルテに載っていないことを書くの?

主治医は確認してないの?


正直、あり得ないと思いました。

というか、なぜそうなったか理解に苦しむ…

人間ですから、誰にでもミスはありますアセアセ


でも、事実ではないことを書くのは違う。

結局、

・骨粗鬆症の記載には訂正印

・間違った傷病名にも訂正印

・他の誤りにも訂正印

……と、訂正印だらけの診断書に。


あまりにも診断書の見た目がひどくて、

提出するのが恥ずかしいと感じるほどでした。


そんな診断書が存在する、

という現実を知った当時の私。


診断書の間違いは、

確認や訂正に時間がかかり、

結果的に二度手間になります。


当時は、三度手間くらいで、プンプンモードな私でしたムカムカ


受け取ったら、

その場でしっかり確認しなくてはと改めて思いましたとさちょっと不満



 

 



 

 



 

 



 

 



 

 



 

 



 

七草粥

 

 

一昨日の7日は、七草粥を食べました飛び出すハート

 

胃が、色んな意味で荒れている気がして、

味付けはシンプルに塩だけ。

 

他の料理も、できるだけ和食にして。

少しは労わってあげられたかな…。

 

 

 

始業式

 

さて、子どもたちの学校も始まりました。

 

学校が楽しすぎる小夏ちゃんと、

たまに登校拒否になるイグル君。

 

同じ家で育っていても、

感じ方も、ペースも、こんなにも違う。

 

どちらが正しいとか、間違っているとかではなくて、

それぞれに、その子なりの理由がある。

 

そう思うようにしていても、

朝になると、胸の奥がざわつくことがあります悲しい

 

七草粥で胃を労わるように、

子どもたちにも、そして自分自身にも、

無理をさせずに、少しずつ進めたらいい。

 

玄関で「行ってきます」と言う背中にも、

布団から動けない朝にも、

どちらにも、同じくらいの愛おしさと心配があって・・・

 

自分のペースで、

楽しいと思える日々が続いてくれれば、それでいい。

…心配はするけど悲しい

 

 

 

 

 

術後、3カ月が経ちましたびっくりマーク


昨日は、吐き気と頭痛との闘い。

副作用かなと思っていましたが、振り返ると生理とも重なっていて、どちらが原因だったのかは分かりませんアセアセ


けれど今日は、峠を越えたかのように、スッキリとした朝を迎えることができましたデレデレ


3カ月が経ち、傷口付近がピリピリと痛むようになってきました。

今まで麻痺していた神経が、少しずつ回復してきているようです。


傷口そのものだけでなく、周りを押してみても痛みがあります。

筋肉も切っているため、こうした痛みが出てくるのだそうです。


術後に「胸の麻痺は、完璧には治らないかもしれない」と言われた時のことを、ふと思い出しました泣


その時はとても絶望的な気持ちになりました。

でも今、ちゃんと感覚が戻りつつある状態に、素直に嬉しさを感じています。


また、傷口をかばっていたからか、気づけばだいぶ猫背歩行滝汗

鏡越しに見る自分は、まさに“the おばさん”な姿勢で歩いていました…。


もうおばさんであることは確かだけど、
これは気を付けないといけないなと反省アセアセ

筋肉もきっと、少しずつ衰えてきている気がします。


また、冬場は寒さで傷口が痛みやすくなるため、「温めるといいですよ」と主治医から教えてもらいました。 


現在、傷口にはテープタイプを貼っていますが、
やはり自分にはシリコンタイプのものが合っていると感じています。


 

 



 

 


テープは気軽な反面、剥がれやすいのが難点。 


シリコンテープも、16cmサイズが私にはギリギリで、
位置によっては端が剥がれてしまうこともあります。

もうワンサイズ長めがあると良かったけど…


それでも、少し厚みがある分、安心感があるのはシリコンだなと思います。デレデレ


そして、乳がんパッドは今や必需品。


ないと、歩いている時に違和感があります。

やはり片側が軽いため、体のバランスが崩れる感覚があるのです。


ただ、ズレてしまうのが悩みどころ。

下着が、乳がんパッドを支える仕様ではないからかもしれません。


下着もまた考えないといけないな〜


試行錯誤しながら、
少しずつ「今の体」と折り合いをつけていくしかない今日この頃ですニヒヒ



昨日は乳腺外科の診察日でした病院


年明け2日目の朝一番ということもあり、

院内はかなりの混み合っていました滝汗


昨日は、いつも以上に体調が悪く、制吐剤を飲んでもなかなか改善しませんでした。
診察室では、先生から「治療、続けられそうですか?」と心配されるほど……滝汗

でも、体調が良い日の方が多いので「大丈夫です」とお伝えしました。

今回は副作用への懸念もあり、リュープリン注射は一旦「1ヶ月製剤」で様子を見ることになりました。
次回から問題なければ、3ヶ月製剤かな…

注射は、お腹のブヨブヨ部分に滝汗
正直、お腹を見せるのは少し恥ずかしかったですアセアセ
ブヨブヨだから…

病院の帰り道には、さっそく頭痛と口の中が苦くなるような感覚が。
「こんなに早く副作用が出るんだ」と驚きましたが、今日もまだ吐き気が続いています…

​次はTS-1も始まる予定。
腫瘍のサイズが大きかったので、飲んだ方がいいかもとのこと。
私も後悔はしたくないから…

ひとつひとつ、副作用との付き合いになりそうです。

​副作用は、出ない人もいれば、私のように強く感じる人もいる。
本当に人それぞれ。

​私は私。
誰かと比べず、焦らず。

今日できることを、ひとつずつ。
無理をせず、その日の体調と相談しながら向き合っていこうと思いますウインク