18. 次の一手 ― がんセンター 其ノ壱 | お日様母さん ― 晴れのち曇りそして雨 ― がんとの闘い

お日様母さん ― 晴れのち曇りそして雨 ― がんとの闘い

私の母親が突然「がん」と診断された。「がん」と闘い、一生懸命に生きた母と後悔ばかりの子の闘病生活を綴る。そして、2018年ついに私自身にも「がん」との診断が…。

地元の総合病院のリニアック(放射線治療器)が使えないため、県内のがんセンターへのセカンドオピニオンをお願いした。

私の住んでいる県は、県立のがんセンターを持っている。私の住む街から少し離れており、電車とバス(タクシー)を乗り継ぐか、マイカーで移動しなければならない。

「がんセンター」があることは知識として知っているが、まさか自分の身内がかかるとは思ってもみなかったため、正確な場所がわからない。地元の総合病院の先生から場所の地図をもらったが、やはり分かり辛いので、google mapで場所を確認した。

母と病院へどうやって移動するかを話した。もし、放射線治療したり今後通院の可能性があるのなら、電車での行き方を覚えたほうがいい。一応母も納得してくれて、予約した当日は電車とバスを乗り継いでいくことにした。

退院して1か月以上経過しているが、やっぱり歩くのはしんどそうだ。受付もあるから9:30には病院へ着いていてほしいと総合病院の看護師さんに言われていたので、家を結構早くに出た。母と電車に乗るのは久しぶりだ。駅までの道程ですでに母は疲れた表情を浮かべていた。
「どう? 電車で通えそうかな?」と聞く私に、
「………。大変だね、いけそうもないかな」と母が答えた。
私は、まだ病院に着いていないので、また着いてから話をしようと伝えた。

いつもの通勤よりも電車を待つ時間が長く感じた。母も何となく落ち着かない。電車が到着したが、通勤・通学時間帯ということもあり、乗れないわけではなかったが人が多い。私は母に席に座ってほしかったが、空き席が全くなく、母はドアの入り口のところにチョコンと立っていた。位置が離れていることもあるが、それでも母は十分小さく見えた。

私も少し疲れてきていた。もうあと1駅で「がんセンター」のある街の駅に到着する。母は気丈にドア付近の手すりにつかまり最後まで立っていた。駅に着くと、バスに乗り換えだ。この町の駅には何度か降り立ったことがあるが、南口は初めてだ。そういえば、小さい頃、母によくこの町に遊びに連れてきてもらっていたことを思い出した。あの頃は元気だった母が、今は見る影もなく弱っていた。

事前に調べておいた、バス乗換のメモをポケットから取り出し、「がんセンター」へ行くバスを見つけた。「これじゃないかな、まずは乗ろう」と母親に言うと、〝うん”とうなづき、昇降口からバスへ乗り込んで行った。
私や母の心中のように、空は鉛色。雨がいつ降り出すかわからない曇天だった。時間になりバスが出発する。

街中の小さな道を進んでいくバス。やはり初めての場所に行くとき、バスが本当に目的地まで送ってくれるのかは少し心配だった。待ちを抜け、山のある方向をめざし進んでいく。ゆらゆら揺られ、ちょっとバス酔いしたかもしれない。心拍数も上がりだした、バス停には時々止まるが、まだ病院の姿さえ遠くに見えてこない。私は軽く目を閉じた。

ふと運転席前方の山の中腹に大きな建物が見えた。形が特徴的だったのであれが「がんせんだー」なのだと分かった。私は母に、
「あれがそう(がんセンター)みたいだよ」
と言った。母は疲れていたのか、私の一言が耳をただ通り抜けていっていたのかもしれない。ただ、私は病院が見えてきたことで少しだけ安心した。

病院の外観はとても大きい。山の中腹だけあって、冬近いこの季節は少しだけ寒かったが、周りの見晴しは抜群だった。疲れているであろう母を誘導し、病院の入り口を入ってゆく。正面に「がんセンター」の模型が展示されていた。少し左へ目を移しその先を見ると「会計・受付」が見える。しかし、私は先に地元の総合病院からもらっていた手順に従い、入り口近くの「総合案内」へ向かった。別の病院の紹介で「がんセンター」へ来たことを告げると、紹介状見せてほしいと言われた。紹介状を渡すと、透明なバインダーを用意してくれて、書類はそこに入れてくれて「中に入っている手順通りに進んでください」と言われた。まずは受付を済まさねばならない。

先ほど見えた受付窓口へ向かって歩き出す。母も後を付いてとぼとぼとあるいている。受付の事務員に紹介状、予約表、保険証を渡した。代わりに書類が渡され、記載をしてほしいと言われた。いつもの病院でのお決まり事である。病院へ来た理由や、経過、住所、氏名など、基本的な事項を書く必要がある。母はこの手の書類を書くのが苦手だ。
「あんた書いて」
まぁ、私が付き添っているときは大抵私が書くことになる。私は母にヒアリングしながら、ちょっと太めのボールペンで書類へ文字を埋めていく。ふと傍らに目をやると、人が大勢並び始めた場所があった。注射等の受付のようだ。改めて周りを見回すと、人がこんなにも大勢いる。少なくともここに来ている人たちは「がんの治療」か「奸かどうかの診断」のためにここに来ているのだろう。私は母に、
「ねぇ、見てよ。朝からこんなにたくさんの人が来てるよ。みんな「がん」関係なんだろうね」
と言った。母は、
「すごいね」
と一言だけつぶやいた。私はまた書類の記載に戻った。

書類を仕上げて、また受付に持ってゆく。もうしばらく待ってほしいと言われ、待合用の椅子に母と座った。母は、初めての場所で心配なのかあまりしゃべらない。
「どうした? 調子悪くなった?」
「ううん、違う。ちょっと疲れた」
「じゃぁ、まず椅子に深く腰掛けて背もたれに寄りかかって待ってなよ」
と言うと、母は座り直し、じっとフロアを行き来する人々を目で追いかけていた。

名前が呼ばれ、受付が済むと、先ほどの総合案内に行くように指示された。私は母を連れ、また入り口近くの総合案内に移動した。書類を係の事務員に見せると、先ほどの透明なバインダーに色々入れ始めた。それと、ブザーのようなものを渡された。まるで一昔前のポケベルのような感じで、文字表示用の液晶が付いている。事務員からは「これに表示が出るので、その指示に従ってください」と言われた。

なるほど、この「がんセンター」は県立でまだできてそんなに年数が経っているわけでもなく、内装も落ち着いていてとても綺麗だった。母も、きれいなところだねと言っていた。それに、受付システムもこんな風にポケベルのような機器を持たるなんて変わっているな、と感心した。

先に身長や体重を測った。測定が終わり母と椅子に座って待つ。診察までの道のりが遠い…。先ほど渡された呼び出し機器のブザーが鳴った。表示を見ると「○○へ入ってください」と表示されていた。私は看護師さんに促され、表示にあった一室に母と入った。

そこには別の看護師(先生?)が待機していて、PCの前でカタカタと音を立て何かを入力していた。そのうち、
「あ、すみません、そこに座ってください。ご家族のかたもどうぞ」
と傍らにあった椅子への着席を促された。看護師の方は診察前に状態のヒアリングをするようだ。基本は私が説明し、必要なら母に話を振った。しばらくやりとりが続いたが、
「これで事前の確認は終わりです。総合案内へ行って診察を待ってください」
と伝えられた。母と私はお礼を言った後、部屋を出てまた総合案内へ寄った。

フロアの案内を簡単にしてもらい、婦人科のある場所へ移動するように言われた。バスを降り、入り口を入ってきたのだが、どうやらここは2Fのようだ。エスカレータを降り、1Fに移動する必要がある。私は疲れが出ている母を連れ、また移動する。母は何も言わなかった。

本当に広い場所だ。1Fには椅子とテーブルが並べられたホールがあり、ピアノが置かれていた。クリスマスの飾りつけがされた木が目に入った。そうだね、もうそんな季節なんだね。

病院へ到着してから結構時間が過ぎたと思ったが、診察予約の時間はまだだった。確かに地元の総合病院で言われたように、診察までの受付時間がとても長い。母はトイレはどこか? と聞いてきた。私はあたりを見渡し、
「あそこにトイレの表示があるよ」
と言うと、
「そこで待っていて、行ってくるから」
と心配そうな顔で母が言った。ゆっくりとトイレへ向かう母の後姿を確認していると、曲がり角でうろうろし始めた。振り返った母に、「あっち、あっち!」と指で支持すると、母は向き直って指さす方向へ歩いて行った。

母が戻ってから、今度は私がトイレへ行きたくなった。母に
「俺も行ってくるよ、トイレ」
と言うと、一緒に行けばよかったのに、と返してきた。
「いやいや、この荷物どうすんのさ」
と私が返すと、
「もっていけばいい」
と簡単に言う。いや、これ結構かさばってトイレで大変だと思うのだが…。

私がトイレから戻ると、そろそろ予約の時間だった。婦人科の受付はすでに済ませてある。すると先ほどの呼び出し機器のブザーが鳴った。表示を見ると、もうすぐ診察の順番になるので、診察室の前まで移動していてほしいとあった。私は母に声をかけ、
「○○だそうだ。移動しよう」
と言った。母はバッグを肩にしょい、ゆっくりと立ち上がった。診察室前の待合椅子は結構人がたくさん座っていて、空いている場所がなかなかない。診察のブザーで呼びされた人の席が空いたので、私は母に、
「あそこに座ろう」
と言った。母は、そうね、と頷くと私の後をゆっくりついてきた。空き席に座る。待合室の向こうには大きなガラス壁があって、病院の外の風景がきれいだった。日差しも暖かく、このままここに居たら眠り込んでしまうだろうというくらいの長閑な環境だった。母の顔を見ると、心配そうな面持ちで診察室の表札を見ていた。

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