記者会見 | 坂本龍~今夜は泡風呂ぐ~

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記者会見多いなぁ。



と思う。




で、その中継やら放送やらを
見るたびに思うんですけれど、






記者会見って、なに??






これマジで思う。

その名の如く記者たちが開く
会見なんだろうけど。



じゃあ、それだけ?


記者会見の本質ってなに?



加害者的な立場、平たく言えば
やらかした側の人が一方的に
カメラをパシャパシャとられて
各媒体の記者やらインタビュアーが
質問して、やらかした側が
謝ったり、或いは否定したり、
の繰り返し。
時間が来て、終わり。







なにこれ?笑






いや、というのも、
やらかした側と対面している相手が
画面越しの俺な気がして。
俺に謝られてもなぁ...ってなるんですよ。


これ分かる人いますかねぇ。



記者会見を開くほどの
やらかした人っていうのは、
それと同時に
被害を受けた人、不快な思いを
した人がいるという訳ですよね。



その人がその場にいてるんなら、
まぁ分かるんですけど、
いる訳でもないし。

その場に被害者も同席することって
倫理的にアウトなのかなぁ。

公開謝罪的なね。
記者会見がある種のそういった
機会なら俺も放送を見て、
ああ、ちゃんとこの人謝っとるなぁ
反省しとるなぁ
と、第三者的立場で見ることが出来るんですけどね。


まぁ、そんな簡単な話ではないのも
分かっているし、
被害者にはそんな場に同席する
筋合いもないとは、思うんですけど。


示談が成立していたりすれば、
まぁとやかく言うことでもないとは
思うんですけどね。



さぁ、ここからが本題です。
昨今の大SNS、大動画時代においては
記者会見みたいなああゆう
『注目が集まる場面』というのは、
昔よりもかなり重要な気がするんですよ。



何故ならテレビ以外にも
色んな所でその様子が
アップロードされる訳です。


誰かがツイッターにあげれば、
それはたちまち拡散されますし、
数時間後ユーチューブにアップされます。



あまり興味がない若い人でも
なんとなく見てしまう人とか
中にはいてるでしょう。


それくらい、
『なんとなく気になるもの』
なんですよね。
記者会見って。


それって、
コイツはどんな姿勢を見せるのだろう
というのが見たいからなんですよ。


事件性は二の次で、
コイツは、記者会見で
どれだけ潔さを見せてくれるか、
それとも開き直った感じを出すのか、
そういった事を見たい訳ですよね。



そしてそれを受けた感想を
僕たちはダイレクトに残せる訳です。



その賛否というのが
昔よりもかなり明確に可視化される
時代になりました。



これって、逆に捉えると、
姿勢次第では昔より
好転しやすくなったな、と、
思うんです。


ピンチはチャンス、的な感じです。


オッサン達は、その辺をよく
分かっていないんですよ。


時代が変わっていることを、
まだ肌で感じ取れていないと思うんです。





オッサン達は決まって
重要な場面で『曖昧な言葉』を
使ってその場を凌ぎます。


僕は子供の頃から
そういった大事な面前で大人が
潔く謝っているのを見たことがありません。


必ず誰しもが曖昧な言葉を使って
その場をやり切ります。


で、第三者である僕たちは
やり場のないモヤモヤを感じること
になります。


結果、炎上します。



日体大の件は、まさにそれが
浮き彫りになったのではないでしょうか。



あのオッサンどもから、
記者会見で、
潔さ というのを感じれたでしょうか。


一方、タックルをした選手本人は
しっかりと反省し、
潔さ が感じられました。



当然のように、皆の持つ感想は
180度違っています。




今までの時代は曖昧な言葉で
逃げ切る事は出来ていたんだと思います。


でも、確実に難しくなってきています。


いかに、忠誠心を見せるかが
キーポイントになってきていると思います。


それは、世間様の目に媚びるという
意味ではなくて、
事実を100%伝え切るということだと
思います。



今まで
泣き寝入りせざるを得なくなっていた
被害者、そして大きく捉えれば
僕ら視聴者。

それで乗り切っていた人たち。

今後通用しなくなるというのを
時代錯誤な老害(言い過ぎかな。)
は早く自覚するべきではないだろうか。




というか、
潔いオッサンを単純に見てみたい。