上二つはレポート用。
占いに書いてた佳境ってこのこと?
まだ始まってもないか。
久々に早起き。
ジム通いのおかげかな。
勉強の逃避にと、ジムに通い始めた。
やることが多いと、飴とのサンドイッチ方式で対処。
勉強する気になるまで、とりあえず散歩でも。飴からスタート。
「世の中で一番楽しく立派な事は、一生涯を貫く仕事を持つという事です」
自宅のポストに入っていたフリーペーパー。チラッと読んで処分したのだが、会社にいって同僚に「見る?」とそのフリーペーパーを差し出された(苦笑)。
テレビの番組表が主なのだが、最後のページに、仕事に関する格言がいくつかあった。
その中の一つが、この福沢諭吉の言葉。
「一生涯を貫く仕事」ってなんだろう。
終身雇用もあてにならないし、かといって手に職をつけても、需要がなければどうすることもできない。
絵が描ける、歌が歌える、そんな特技も受け手がいなければ生かすことができない。
医療関係も、肉体的・精神的に厳しい現状をして、一生涯自分がもつのかが、心配。
公務員だって、上層部のうやむやのせいで、末端の人たちがなんだかんだ叩かれまくってる。地味なのに。残業もしてるのに。
難しいな。
「一生涯を貫く」ってことってなんだろう。
私は「イコール自分」しか思いつかない。
もし仮にそうだとしたら、「一生涯を貫く仕事」って、自分らしい仕事のやり方、自分にこだわりをもって仕事をするみたいなことなんだろうか?
仕事の内容はその時代の需要にあったものであればいい。
時代に対応できる柔軟な自分の在り方、どんどん新しくなってく時代に際して、その変化を受け止めていける広い心を持つことなのかな?
「仕事」は「仕える事」だもんね。誰かに必要とされる自分になるってことか。でも、それも自分の得意なとこがあってこそだな。得意でも好きじゃなくっちゃ、続かないしな~。
物事を続けていく「好き」っていうこだわりこそ、なんか努力なかんじもする。その努力は、いろんなことを受け止められる器的なものなのかもなぁ。
雑誌がどんどん休刊になってるけど、やっぱり雑誌特有の面白さは健在なわけで。
石田衣良がR25で、雑誌を推奨してたけど。雑誌って、しみじみ、いいなと思う。
フリーペーパー、ウェブマガジンもすごい情報量だと思うが、金払っている分、ちゃんと返してもらえる情報タップリの雑誌の満足度は、やっぱり高い!
可愛いんだけど、「これどこで着るの?」みたいなファッションとか(笑)。
北欧のこの配色センスは何っ?とか。いちいち思う。
雑多なのにちゃんと整理されてるのも、なんか色を楽しむみたいでいいな。
雑誌買うのはやめられない。楽しい~!
音楽も、どんなに背伸びして古典的なものを聴いても、「青いな~」みたいなものにいくつになっても惹かれてしまうわけで。
こだわりが「好き」とイコールなら、一生涯こういうの気持ちを持てる仕事にかかわっていきたいなと思う、このごろ。
たとえこの先、広い心を有したとしても、やっぱり雑誌の文化は死ぬまで続いてればいいなと思う。
前述の福沢諭吉の格言、なぜか実家に貼ってあった。
実家はなぜかカレンダーがいたるところにある。
それがまた「THE 実家!」な感じを増幅させる。
カレンダーって、「大安」「仏滅」~のほかに、なぜか今月の、今日の格言、みたいなものが載ってあったりして。
そういうの見ると、日々大切にしてるみたいで、ちょっとほっこりしたりする。つれづれなる変な着地。
そういえば、この間「ねこ眠る」のアルバムを聴いたのですが、これはライブだなっと思って試聴だけして次のライブの機会を待つことにしました。「盆踊り的ダブ」と銘打たれていました。あながち違うともいえないのですが、もっとひょろひょろっとした程よい脱力感。あの雑多感が、たまらなくハッピーで。なんとなく関西っぽい独特の空気感も感じられて。ライブで聴いたら、気持ちよさそうです。
「節操」って分かりませんね。やったもん勝ちってところもあるのかもしれない。でも「そりゃないっしょ」みたいな嫌悪感もたまに否めないわけで。音楽とかその他諸々、リサイクルな中で、「このアイデア、今なら」みたいなものが時代に合致して、オリジナリティが受け入れられているような気がします。でも、如何しても惹きつけられるのは、やっぱその人でしかない過程なのかもしれない。あと、どうがんばっても真似できない、寸差のバランス感覚。
リサイクル。エコですね。エコとか世界規模での祈りも大事だけど、もっと身近で苦しんでることたくさんあるのにな~とふと思ったりもするこのごろ。どうにかしたくても、どうにもならない自分の小ささ。結局、これもまた、祈るしかできないのかな。エコバックを持つ習慣が身につかなくて、極力バックに入る以内で買い物。ビール1本とか、おにぎり一個とか。お会計するときになんか「別に」って気分にもならなくもない。
リサイクル。気持ちのリサイクルはいいよな~。昔好きだったものを大人になっても追いかけるとか。やっぱ、文章を書くと、頭の中のことを言葉にするとすっきりします。そういうのは、続けていきたいっす、という妙な決意表明。好き嫌いの感情が価値基準であることが否めないモラトリアムな自分をもうちょい大人にしたくもありつつ、10年経っても年だけとって変わらぬ趣向を、なんとなく大事にしたい気分でもあります。キリンジ、聴きたくなりました。
先週は仕事で、褒められた。でも、それよりも提出したものに対して「好きです」とコメントをもらえたことが何より嬉しかった。「良かった」よりも「好きだな」のほうが、私には価値がある。泣けそうだった。
大人だって褒められたら嬉しい。それよりももっと誰かに自分を受け入れてもらえることが嬉しい。
子供のときは無条件で優しく受け入れてもらっていたけど、大人になるとなんでそうもいかないんだろ。
とにかく「好き」が増えるように、楽しんでこう。まず人を受け入れることだな~。
昨日は無限大に。
好きで観にいっているだけだけど。そうして来ているお客さんに対して、あべさくなお二方に対して、相互で「受け入れてますよ~」みたいな温かい空気感があって、毎回ほっこりした気分になれる。
でも、参加するのは勇気がいる、こともある。自意識過剰なのかもしれないけど、多少の恥ずかしさはやっぱり否めません。
そんな感じの1週間。
やっと長かった心の縛りもようやくとけてきて。否めない思いを言葉にしてしまいました。
太ると動きたくなくなるらしい。とのこと。
いままさにそんな気分を否めない。
散歩でもしようと思いました。