そういえば、この間「ねこ眠る」のアルバムを聴いたのですが、これはライブだなっと思って試聴だけして次のライブの機会を待つことにしました。「盆踊り的ダブ」と銘打たれていました。あながち違うともいえないのですが、もっとひょろひょろっとした程よい脱力感。あの雑多感が、たまらなくハッピーで。なんとなく関西っぽい独特の空気感も感じられて。ライブで聴いたら、気持ちよさそうです。
「節操」って分かりませんね。やったもん勝ちってところもあるのかもしれない。でも「そりゃないっしょ」みたいな嫌悪感もたまに否めないわけで。音楽とかその他諸々、リサイクルな中で、「このアイデア、今なら」みたいなものが時代に合致して、オリジナリティが受け入れられているような気がします。でも、如何しても惹きつけられるのは、やっぱその人でしかない過程なのかもしれない。あと、どうがんばっても真似できない、寸差のバランス感覚。
リサイクル。エコですね。エコとか世界規模での祈りも大事だけど、もっと身近で苦しんでることたくさんあるのにな~とふと思ったりもするこのごろ。どうにかしたくても、どうにもならない自分の小ささ。結局、これもまた、祈るしかできないのかな。エコバックを持つ習慣が身につかなくて、極力バックに入る以内で買い物。ビール1本とか、おにぎり一個とか。お会計するときになんか「別に」って気分にもならなくもない。
リサイクル。気持ちのリサイクルはいいよな~。昔好きだったものを大人になっても追いかけるとか。やっぱ、文章を書くと、頭の中のことを言葉にするとすっきりします。そういうのは、続けていきたいっす、という妙な決意表明。好き嫌いの感情が価値基準であることが否めないモラトリアムな自分をもうちょい大人にしたくもありつつ、10年経っても年だけとって変わらぬ趣向を、なんとなく大事にしたい気分でもあります。キリンジ、聴きたくなりました。
先週は仕事で、褒められた。でも、それよりも提出したものに対して「好きです」とコメントをもらえたことが何より嬉しかった。「良かった」よりも「好きだな」のほうが、私には価値がある。泣けそうだった。
大人だって褒められたら嬉しい。それよりももっと誰かに自分を受け入れてもらえることが嬉しい。
子供のときは無条件で優しく受け入れてもらっていたけど、大人になるとなんでそうもいかないんだろ。
とにかく「好き」が増えるように、楽しんでこう。まず人を受け入れることだな~。
昨日は無限大に。
好きで観にいっているだけだけど。そうして来ているお客さんに対して、あべさくなお二方に対して、相互で「受け入れてますよ~」みたいな温かい空気感があって、毎回ほっこりした気分になれる。
でも、参加するのは勇気がいる、こともある。自意識過剰なのかもしれないけど、多少の恥ずかしさはやっぱり否めません。
そんな感じの1週間。
やっと長かった心の縛りもようやくとけてきて。否めない思いを言葉にしてしまいました。
太ると動きたくなくなるらしい。とのこと。
いままさにそんな気分を否めない。
散歩でもしようと思いました。