ガキ使みながらしれっと越してしまった2008年

2009年なんだけど、なんとなくエンジンかからず、地味に仕事疲れ。

やる気になったら、あれこれまた書こうかと。


書こうと思ったことを忘れてしまった。休みボケ抜けず。

今年もいい年でありますよう。



思い出した。


ほぼ日でタモリのコーナーが始まった。そこでタモリが


「テレビ局が赤字なんだよ~」


といってたのが引っかかりました。


タモリはもうテレビに必要不可欠な人なので、そんな不況などあまり気にしないのかなぁと勝手に思ってたわけで。なんか意外だった。


「生まれ変わったら、誰になりたい?」


って言われたら、たぶん憧れの人が頭をよぎるけれど、やっぱり誰かにはなりたくないなぁと思う。


タモリみたいに、傍目トントン拍子で順調で、肩の力ぬいてるような生き方はステキなだなぁと思うけど、生まれ変わってタモリになりたいとは思わない、ってなもんで。


現実的な言葉に、タモリも大変なんだなぁとかは思わないけど、タモリが自分が思っているような、すごく遠くの感じでもないんだなと思った。着てる服はセレブ感あるな~。


今、住んでいるところからはだいぶ離れたところに実家がある。

こういう離れたところにいると、何もしていないことへの罪悪感がなくなる。

せわしい街と穏やかな街。

せわしい街で穏やかに暮らせないものだろうか。


人の距離についても考えた。


近いけど遠い人、遠くても近い人。その距離は心。


人を遠ざける術、近づける術。距離を保つ蘇生術のようなもの。

穏やかな街だと、なんとなくそれを忘れてしまう。


せわしくても忘れられないものかな。



実家に帰ると、そんなこともどうでもよくて。


「ただただ、生きる」ことにチューニングが合うような気がする。

目に見えないけど、やっぱり何らか環境の影響ってあるもんなのかな。


それでも何とかなるからすごいな。都合よすぎ。


忙しくても、穏やかな心といいかんじで、なんとかなるんだろうな。

季節はずれのようなあったかい風が吹いた。




そんな風が、NON STYLEに吹いて、なんだか嬉しかった。




紀伊国屋ホールで広告批評のお別れ会。糸井さんと橋本治さん。




効率より情熱?みたいなもの?




未来を模索するのが「考える」という行為の目的。




批評=広告になりつつある?(売れないということが、暗黙の否定)


というよりは、対象を深くみつめることで、良さが見えてくる




棟梁を目指せ




などなどいろんないい言葉がでたけれども、あんまり思い出せず。


個人を対象にしたオバマの選挙戦がすばらしいなと思った次第。




帰宅してM-1のビデオを見た。


レベルが高くて、判断はもう「好み」じゃないか?と審査委員長談。




低温な漫才は、徐々に上がっていっても難しいのかな。


なんとなく、今年も勢いと振り切れの感じられる漫才が残って。


M-1ぽいな、と思った。のは私だけだろうか。勝手。


ハートとセンス。大事だなと思った。




NON STYLEみてると、なんでだかココリコを思い出す。


人がよさそうだからかもしれない。