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Hotspringer|気ままな温泉巡り日記

各地の名湯を巡る “hotspringer(温泉巡りびと)” が温泉と旅を中心に、寄り道多め・独り言多め?で綴る気ままな記録です。

草津温泉ゆかりの二人の外国人医師、ベルツ博士とスクリバ博士

 

左がベルツ博士、右がスクリバ博士

 

 

明治時代、日本は急速に近代化を進めていました。

 

その中で政府は海外から多くの専門家を招きましたが、ドイツから来日したベルツ博士とスクリバ博士も同じでした。

 

当時の日本では温泉は古くから利用されていたものの、その効果を科学的に研究するという考え方はまだ十分ではありませんでした。

 

ヨーロッパで温泉療養を学んだ二人は、日本各地の温泉に大きな可能性を感じ、調査を始めます。

 

 

 

 

ベルツ博士は東京大学医学部で教鞭を執る傍ら、日本各地を旅して温泉を調査しました。

 

当時のヨーロッパでは温泉保養地が広く知られており、博士は日本にも世界に誇れる温泉地があると考えたのです。

 

 

 

なかでも草津温泉には強い関心を示しました。

 

実際に湯治場を訪れたベルツ博士は、その豊富な湯量と優れた泉質に驚き、「世界に誇るべき温泉」と高く評価したと伝えられています。

 

 

現在の湯畑を見ても、その湯量には圧倒されます。

 

ベルツ博士もきっと同じような驚きを感じたのではないでしょうか。

 

 

 

一方のスクリバ博士も草津温泉に深く関わりました。

 

草津を訪れた際には自ら患者の診療にあたり、温泉療養の効果を研究したといわれています。

 

地域住民との交流も深く、その功績をたたえて現在の草津温泉には「スクリバ通り」の名前が残されています。

 

温泉地に外国人の名前が付いた通りが残されていることからも、地域の人々がどれほど博士を慕っていたかが伝わってきます。

 

 

 

二人の研究は、現代の私たちにも大きな影響を与えています。

 

現在では温泉の成分分析や効能表示が当たり前になっていますが、こうした温泉を科学的に調査・評価する考え方は、ベルツ博士やスクリバ博士らの時代に築かれたものです。

 

 

旅館や共同浴場で見かける温泉分析書も、温泉を科学的に調べるという考え方があってこそ存在しています。

 

 

 

また、温泉地でよく見かける「湯治」という考え方も、ベルツ博士やスクリバ博士が高く評価した日本の伝統文化の一つでした。

 

二人は草津温泉を訪れ、人々が長期間滞在して療養する湯治の様子に注目し、その効果を医学的な視点から研究しました。

 

現代でも健康増進やリフレッシュ、ストレス解消を目的に温泉を訪れる人は多く、湯治の精神は今も受け継がれています。

 

 

 

 

草津温泉を訪れた際には、湯畑や温泉街だけでなく、二人の銅像にもぜひ足を止めてみてください。

 

明治時代に遠くドイツからやって来て、日本の温泉の素晴らしさを世界へ伝えた二人の功績を感じることができるはずです。

 

 

"Freundschaft zwischen Japan und Deutschland" 「日本とドイツの友情」