<2026年7月28日に発生した令和8年熊本地震へのお見舞い>
このたびの令和8年熊本地震で被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。
被災地の一日も早い復旧・復興と、皆さまが安心して暮らせる日常を取り戻されることを心よりお祈り申し上げます。
熊本の街が再び笑顔と活気に満ちることを願いながら、昨年12月末に訪れた際の旅の記録を綴ります。熊本の温泉や街並み、人々の温かさなど、この土地ならではの魅力を少しでも多くの方にお伝えできれば幸いです。
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黒川温泉をあとにして、次に向かったのは 満願寺温泉 です。
黒川温泉をあとにして、車でわずか10分ほど🚕
山道を進み、峠を越えると、先ほどまでいた黒川温泉とは少し違った風景が見えてきました。
温泉街らしい建物も少なくなり、周囲には山と緑。
そして、車を降りてみると、聞こえてくるのは川のせせらぎと、時折聞こえる鳥の声です。
夕方という時間帯もあったのでしょう。
温泉街を歩く人の姿はありません。
「場所は間違っていないよね……?」
思わずそんなことを考えてしまうほど。
そんな光景を眺めていると、先ほどまで観光客で歩いていた黒川温泉から、ずいぶん遠くまで来たような気分になります。
実際には、車で10分ほどしか走っていないのです……。
でも、実は、この満願寺温泉は黒川温泉と同じ住所「南小国町大字満願寺」なのですよね 🥺
黒川温泉では、旅館やお店の前を歩く人の姿があり、観光地らしい雰囲気が感じられました。
それに対して、満願寺温泉は、観光のためにつくられた温泉地というより、「人々の暮らしの中に温泉がある」。
そんな感じでしょうか。
ワクワクして、体の中の温泉虫が動き出します🐞
温泉の入口には案内板が立ち、周辺の見どころが紹介されています。
満願寺温泉は、満願寺川の川沿いに共同湯と数軒の温泉宿が並ぶ、小さな温泉地です。
でも、だからこそ余計なものがなく、山里の温泉地らしい素朴な雰囲気が残っています。
そして、温泉街の入口で迎えてくれるのが、この地の名前にもなっている「満願寺」です。
歴史を感じさせる建物で、山の緑に囲まれた境内は静まり返っています。
ここで少し、満願寺の歴史に目を向けてみます。
伝承によれば、文永11年(1274年)の元寇の役の際、鎌倉幕府の有力者だった北条時定が、国土安泰を祈願して建立したのが、この満願寺です。
当時、北条氏は鎌倉幕府の中枢を担い、九州の統治や防衛にも深く関わっていました。
そして、満願寺は、元軍の襲来という国家的な危機に際して、国土安泰や敵国降伏を祈る祈祷の拠点であると同時に、北条氏による九州支配の一つの拠点としても重要な役割を担っていたと考えられています。
今の静かな山里の風景を眺めていると、ちょっと驚きです。
その後、京都の醍醐寺から僧を招いて寺の基礎が整えられ、満願寺は北条氏ゆかりの寺として発展。
さらに阿蘇山周辺の山岳信仰とも結びつき、修験の場としても栄えていったと伝えられています。
戦国時代などを経て寺勢が衰えた時期もありましたが、現在も本尊の毘沙門天をはじめ、北条氏ゆかりの国の重要文化財や五輪塔などが残され、往時の歴史を今に伝えています。
なるほど、ここは単なる山里の古刹ではなく、元寇という日本史上の大きな出来事と、鎌倉幕府による九州支配の歴史が重なる歴史上、重要な場所なのだと気づかされます🧐
温泉を入りに来たつもりが、気がつけば鎌倉時代までタイムスリップ。
こういう思いがけない歴史との出会いがあるのも、温泉巡りの面白さなのかもしれません。
夕暮れの境内を歩いていると、木々のざわめきと鳥の声だけが静かに響きます。
観光地の喧騒とは無縁の空間。
しばらく立ち止まっていると、時間そのものが少しゆっくりになったような、不思議な感覚になってきます。
次回は有名な”例”のお風呂へ向かいます🚶






