「温泉に入ると、体に温泉成分が染み込んでいく」
そんな話を聞いたことはないでしょうか。
確かに、硫黄泉に入れば硫黄の香りが体に残りますし、塩化物泉では湯上がり後も体がぽかぽかします。
そのため、「温泉成分が皮膚から吸収されている」と考えるのも自然なことです。
では、本当に温泉成分は体内に入っているのでしょうか。
結論から言えば、「一部は入るものの、その量はごくわずか」というのが現在の温泉医学の考え方です。
実は、人間の皮膚は非常に優れたバリア機能を持っています。
皮膚の最も外側にある角質層は、水分や細菌だけでなく、温泉に溶けているナトリウムイオンやカルシウムイオン、塩化物イオンなども通しにくい構造になっています。
つまり、「塩化物泉だから塩分が体の中にどんどん入っていく」というわけではありません。
一方で、例外もあります。
炭酸泉に多く含まれる二酸化炭素(CO₂)は、イオンではなく気体の分子として存在するため、皮膚を通過しやすいことが知られています。
皮膚から吸収されたCO₂は毛細血管を拡張し、血流を増加させます。
そのため、38℃程度のぬるめのお湯でも体がしっかり温まりやすいのです。
また、硫黄泉に含まれる硫化水素(H₂S)も、ごく微量ですが皮膚や呼吸器から取り込まれる可能性があります。
ただし、その量は非常に少なく、温泉の効果を説明する主役ではありません。
では、私たちが感じる「温泉の効き目」は何なのでしょう。
実は、多くの温泉では 皮膚表面で起こる変化 の方が重要だと考えられています。
例えば、塩化物泉では塩類が皮膚表面に薄い膜をつくり、水分の蒸発を抑えることで保温効果を高めます。
アルカリ性単純温泉や炭酸水素塩泉では、皮脂や古い角質が落ちやすくなり、湯上がりに「肌がすべすべする」と感じます。
つまり、「温泉成分が体の中へ入るから効く」のではなく、「皮膚の表面で働くことによって効果を発揮している」場合が多いのです。
もちろん、温泉の魅力は化学成分だけではありません。
お湯の温かさによって血流が改善される温熱作用、浮力や水圧による物理作用、そして静かな湯けむりや美しい景色、旅先という非日常がもたらす心理的なリラックス効果。
これらが重なり合って、私たちは「温泉は気持ちいい」と感じているのです。
次に温泉へ行ったら、ぜひ温泉分析書を見てみてください。
泉質だけでなく、pHや源泉温度、溶存物質量などを確認してから湯に浸かると、
「この温まり方は塩化物泉だからか」「肌がつるつるするのはアルカリ性だからなんだ」と、
お湯の感じ方が少し変わるかもしれません。