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BOOGIEなイーブニング!

ベースの下手なベーシスト、ハッチのゆるーいブログです!

い犬になりさがったのか。

 エンボス加工されたトイレットロールを見ながら、俺は自問自答を繰り返していた。このお尻に優しい感触のトイレットロールを使うがあまり、俺は大事な何かを失ってはいないか。

牙だ。
あの時、確かに持っていた、
野生の牙を俺は失っていた。




 平凡なある日、会社の先輩が突然、青色のA4サイズくらいの封筒を渡してきた。そう、健康診断の申し込み用紙の入った封筒である。前の会社ではこの健康診断の義務を逃げに逃げまくって25年間、結局一度も受けずに済んだ。
 しかし、この会社でそれは通用しないらしい。
診断する日にちも既に抑えられている。今まではのらりくらりとかわしてきたが、今度ばかりはそうも言ってられない。
 ロックンローラーが健康診断なんて、ちゃんちゃらおかしいだろ?体に悪いものこそがロックだ。キースリチャーズが養命酒呑むか馬鹿野郎!
タバコ、タトゥー、バイク、ドラッグ、セックス、ストロング酎ハイ、夜更かし、エースコックでかまるもやし味噌ラーメン、キャベツ太郎、ガリガリ君は1日に2個食うぜ、ロッケンロー!
 そんな破天荒な俺だが、今まで頑なに健康診断を拒否してきた本当の理由がある。

注射が恐いの。

 針でチクッと刺されるの恐いの。
もし、看護師さんの手元が狂って、針の先っちょが折れてしまい、血液を通り心臓まで達したら死んじゃうんだぉ。
 小学生の頃そんな情報が出回り、俺は恐怖で注射が嫌いになってしまった。元来平熱が高いのも手伝って、俺は殆どの注射をパス(回避)できた。
 注射の列の先頭に並んで熱を測り、注射されてないのに腕を押さえてワザと痛がって、保健室の前でみんなが並ぶ前を通る嫌な子供だったのだ。
 そんな俺に青紙が来た。一昨年社員を癌で亡くした会社だ。健康には半端なく気をつけている。

ヘルスハラスメントかってぐらいだ。

 そんなヘルハラな会社で健康診断を回避できるワケもなく、いよいよとうとう俺はまな板の上に乗ることにした。そして、診断を受ける病院だが、会社の近くのほぼ健康診断専門みたいな病院を選んだ。
 君たちはファーストババコ戦記を覚えているだろうか。
俺は過去にババコを通して幾多の闘いを繰り広げてきた。そうあのババコ戦記だ。全6話からなるあの物語を覚えていた者は幸せである。
 そこに出てくる通称ガッツタンク(ババコ糞野郎)、の職場で、そいつのおじいちゃんが医院長を務める病院で診断を受けることにした。10年前に百日咳にかかった時に行ったっきりだが、俺の知る唯一の病院だからだ。
 運が良ければあのガッツタンクと5年ぶりの対決もあり得る。いや、ありえないか。ヤツはあの病院の営業部だった。
 しばらく青紙を放置していた。検診はまだ2カ月も先の話しだし、見るだけでそれこそブルーになる。

青紙だけにな。

 俺は積み上がった原稿の上にぽんと置き、青紙はそのうちにどんどんと原稿の山の下敷きになっていった。
 仕事の波がひと段落したのでデスクの原稿を片していたら、その青紙がひょっこりと俺の目の前に現れたのだ。恐る恐る封を開けてみる。
 検査日まであと1週間であるということと、前日から食事を摂ってはいけないということが記されていた。そして、キャップがショッキングピンク色の蓋の検便容器が2つ入っていた。

人生初の検便である。

 プレッシャーで押し潰されそうだ。きっと飲食業界の人は、この検便を毎回スマートにこなすのだろう。

俺にはちゃんと出来る自信がない。

 しかも前日と当日の朝の2回検便するという。初めての検便なのに、メジャーリーグ初打席にサイクルヒットを打つような芸当を求められていた。
 前々日に今生の別れとばかりに酒を浴びた。散々遊びまくったツケがきっと来る。俺はそのまま入院して、もうシャバには戻って来れないだろう。

 翌晩には酒と水、そして晩飯を断ち、家に帰ってから検便の儀をすることにした。こんな時に俺のカラダが便利なのは、便座に座るとすぐにウンコが出るところである。特殊能力とでも言っておこうか。

座、即、便


なのである。

 しかし、心配なのは、小生、前日の呑みが祟って若干の切れ痔気味である。これも本当の切れ痔の人に言わせると切れ痔などではないらしいのだが、ひょっとするとトイレットロールに微かに鮮血が付くか付かないか瀬戸際の状態なのだ。こいつが原因で「お前は癌だ!」とかなると厄介である。しかし、健康チェック用紙には、そんな俺の心配事を書き込む欄などどこにもなかった。
 いよいよ便器のなだらかな部分にナガセールという紙を敷いて便座に座った。そして、一気に…

危ない!

 座った途端、習性で先におしっこをしてしまった。危なくナガセールが己の小水で流れてしまうところだった。ここで俺は忍者のように途中でおしっこを止め、ちょっと濡れたナガセールをたくし上げ、先におしっこを絞り出した。この間、若干の便意を我慢する。

おしっこ出す
おしっこ一旦止める
おしっこ出す
ウンコ止める
ウンコ出す


 こんなブルーインパルスみたいな複雑な芸当を瞬時にやってのけるのは、俺がいかにババコと真摯に向き合い、そして闘ってきたかが判るだろう。
 ナガセールにおしっこが付いてないのを確認し、元の位置に戻してから、もう一度ウンコをナガセール上に器用に着地させた。

粘度も程よく
実に採取しやすい状態だ。


 お尻にチカラを入れてウンコを途中で終わらせてから、俺はショッキングピンクの蓋の容器をひねり、耳かきのようなウンコ採取のスティックを取り出した。スティックの先端は溝が引かれている。爪楊枝の尖った部分ではなく、逆側の柄の方みたいな形状なのだ。これにウンコを絡めて取るのだが、めっちゃ採取量の塩梅が難しい。少なすぎると検査に支障が出るかもしれないし、多すぎてもなんか恥ずかしいし、気持ち悪い。できれば先端の溝の部分に厚さ1ミリのウンコを万遍なく巻けたら最高である。しかし、繊維質の多いウンコはそんな綺麗に俺の思う通りの形状で付着してくれてはいなかった。8回ほどチャレンジし、精神のギリギリ限界手前でなんとか納得いく形状のウンコを採取でき、震える手を殺しながら狭い入り口のカプセルに戻した。

 あとは明日の朝、もう一回検便をすればいい。不安なので5時30分に目覚ましをかけて、俺は布団に潜り込んだ。緊張してかなかなか眠りにつけなかったが、やがて深い闇が俺を覆った。

つづく

3度目のアラームでやっと起きれた。


着の身着のまま木の実ナナ、前日立ち飲み屋から帰ってきて、4時間そのまんまの状態でベッドに横たわっていただけだった。むくりと起きて、熱いシャワーをつま先立ちで浴びた。シャワーから出るとベッドに腰を下ろし、ゆっくりと帰り支度をする。ホテルの備品を片し、使い終わったタオルを畳み、忘れ物がないか2回ほど指差し確認し、立つ鳥跡を残さず、俺は部屋を出た。


もうこのホテルに用はない。緊張ドキドキ人生初のチェックアウトを、蟻のような顔をした中年ホテルマンに悟られないよう、俺は手慣れた手つきで鍵を渡した。


西中島南方駅から梅田駅に向かう電車は座れるほど空いていた。今日は平日の月曜日。大阪の朝のラッシュを想定していたのだが、肩透かしを食らった気分だ。早朝過ぎたか。みんな神妙な面持ちで電車に乗っている。この人たちは、全てリアル関西人なんだと思うと胸熱である。


梅田駅に着き、現地のショッピングセンターに向かう。昨日あれだけ手こずった梅田駅周辺も方角さえ分かれば、いとも簡単に迷わず攻略できた。さて、時間が余りまくった。迷ったときのために予定より2時間も早くホテルを出てしまったのだ。


ショッピングセンターの裏側を撮影して、近くのビジネスビルの中庭にあるオープンカフェのテラスでひと休みした。砂時計の砂のように階段に囲まれて窪んだビルの入口に人が吸い込まれて行く。


そうやって、ぼーっと時間を使っても、まだ1時間以上ある。梅雨真っ只中だというのに湿度も低く、初夏の陽射しが強い。オープンカフェにいる限界を感じたので、移動する事にした。カメラ機材もあり、結構な荷物なのだが、どっかで朝飯でもありつこうかと。しかし、朝の7時からやっている飯屋なんて、たかが知れている、大阪的な食べ物は早々に諦める。せいぜい牛めしの松屋かすき家程度である。梅田のダークゾーンを散策しながら、朝飯を少ない選択肢のどれにしようか吟味する。アーケードの下の薄暗い通りには、ガタイのいい風俗の客引きのお兄さんがいるが、朝から風俗を利用する客なんて滅多にいないのだろう。とくにこちらを見るでもなく仲間と談笑している。

すると突然目見覚えのある立ち食いそば屋が視界に飛び込んできた。あれは昔、京成線の駅ナカによくあった「都そば」ではないか。ちょっと覗くと、なんかいい雰囲気である。俺の知ってるあの都そばなら、スープは薄めの関西のスープなのか、それとも関東の黒くてしょっぱいスープなのか、ちょっと食べたくなり、暖簾をくぐった。



店には、従業員のおばあちゃんのワンオペ。客引きであろう安いスーツ姿の男の客が熱心にうどんを啜っていた。


「けつねうろん!」と言いたかったが、無難にかき揚げそばにした。俺は初見の店で冒険野郎にはならない主義だ。非マクガイバーと呼びたければ、そう呼ぶがいい。




着丼!


緑のたぬきのようなぺらぺらで硬いかき揚げを丼の奥に箸でどかして、まずは琥珀色のスープをすすった。


関西風でダシの効いたスープだった。シマダヤの流水麺のような太くて腰の無いそばをすすると俺は喧嘩に明け暮れた高校生時代にタイムスリップした感覚に襲われた。


マズ美味い。


このかき揚げそばを一言で表現するとこうなる。絶妙なマズさが美味いのだ。大阪の食文化の裾野の広さを知ることができる立ち食いそばだった。白い割烹着が似合うおババに別れを告げ、俺は分厚い透明のビニールで出来た風除けをくぐり店を出た。もう来ないかも知れないし、また来てしまうかもしれない。


都内だと有楽町帝劇の地下にまだあるようだ。


口から昆布ダシの息を吐きながら、俺はプロの顔に戻っていた。そう、プロカメラマンの顔だ。ちょうど7時を少し過ぎた辺り、少しゆっくり目に歩いて、撮影現場のショッピングモールに向かうことにした。前日指示された通り、施設の裏にある従業員出入り口に着いた。10分前ではあるが守衛さんに声をかけ、用件を伝え、担当者を呼び出してもらう。そう、前日にあった〝顔は大泉洋、しゃべりは小藪〟のあのキダさんである。


挨拶もそこそこに早速撮影に取り掛かることになった。最上階にある新しい施設を撮影するのが目的なのだが、各階の施設も一応撮るように代理店側からは指示を受けている。


キダさんと雑談を交えながら、俺はカメラバッグから24-70mmのレンズを取り出した。こいつはCarl Zeissという1846年ドイツのイェーナにあるメーカーのレンズである。カチンと響くマウントロックの音を皮切りに、俺は新しい施設を激写する。


するとキダさんはこう私に話しかけた。「新しい施設だけ押さえてもらえれば、他は前回の写真のままでええんですわ」


アゴが外れそうになった。


前回は閉店間際に撮影したらしく、店内のサイネージなどがちゃんと点きっぱなしの状況だった。しかし、今回は早朝、店もまだ開いてないので、この状態を全部撮影されて、パンフレットに使われても困るという、実にごもっともな意見だった。


俺の仕事は開始僅か15分で突然終わった。


おわり

が覚めた。


だが、頭はボーッとしている。ねちゃねちゃとオクラのおひたしのようにぺっちゃくっていた地下アイドルとファンのカップルはもういなかった。俺は見知らぬ土地の珈琲屋でポツンとひとり取り残されてしまった。外のテラス席には中国人客がまだいたが、店内には俺一人だけだ。店員がワザとらしく入り口のマットのホコリを取っている。もう閉店時間ですよというサインだろう。これを何も考えずに眺めていた。そして、ふと我に帰る。


俺に残された時間は少ない。明日は新大阪発12:06の新幹線に乗る。タイムリミットは刻一刻堂と迫っている迫っている。


とりあえず心斎橋まで歩くことにした。方向音痴の俺でも、心斎橋までは道一本なので簡単に行ける。

心斎橋の周辺は大型バスが停まり、中国人の観光客でごった返していた。ラーメン金龍で本日2杯目のラーメンをとも思ったが、店には家族連れの中国人がひしめき、とても入れる雰囲気ではなかった。

中国人店員が中国人観光客を相手に中国由来の日本のラーメンを提供する。中国人観光客でごった返していたグリコの橋を通り、このSF映画「猿の惑星」みたいな光景を見て、チャールトンヘストンのようにやっと我に返った。




確かにここは心斎橋だが、

俺が13年前に来た時と

何もかもが違っていたのだと。


そう思うとスナップ写真を撮る気も萎えてしまった。御堂筋線の心斎橋駅まで歩き、地下鉄で梅田駅で降りて、兎我野町を5周してから西中島南方駅に戻った。実は昼間ホテルにチェックインする前に良さげな立ち飲み屋を見つけていたのだ。ホテルからも近いし、この辺なら不慣れな土地でも時間を気にせず、とことん呑めるという訳だ。


お目当ての立ち飲み屋は、ちょうどシャッターを降ろすタイミングだったので、向かいにある中華そば屋兼立ち飲み屋の店に入った。


「昔ながらの中華そば 必死のパッチ‼︎



暖簾をくぐると、うなぎの寝床のような店内は6人の常連客グループで塞がれていた。


そこをぺこぺこと頭を下げながら通り抜けて、カウンターの一番奥に座った。会社帰りなのだろうか、パパママのイベントの打ち上げなのだろうか、店内はミドルエイジの常連客6人が関西弁でなにやら大盛り上がりだ。



これでいい。

いや、これがいいんだ。


そうしみじみと思いながら、優しげな若い店員さんに酎ハイの濃いめをお願いした。

濃いめの酎ハイを身震いしながらペロペロする。と、同時に店内に貼られたメニューをゆっくりと見渡す。なにか強烈に大阪な食べ物を胃に放り込みたい。


山芋のお好み焼き



これだ!これは間違いなく大阪の味だろう。こいつをマヨ抜きで、あと、どて煮を注文した。


熱々のお好み焼きが実に美味い。


隣りのテーブルのワイワイガヤガヤした関西弁が実に心地いい。何杯目かの酎ハイを飲み、気がついたら落ちかけていた。結構な時間居てしまった。


店員さんに中華そばはまだ作れるかと聞いたら、僕のために火を落とさなかったという。そう、最初に「〆に中華そばを食べれるか」質問していたのだ。それじゃあと改めて注文した。


着丼!



なかなかクラシカルな中華そばである。ただ、その前に食べた友愛亭が美味すぎて、残念ながら必死のパッチの中華そばの印象は薄かった。


必死のパッチさんは来店した翌月、8月に閉店されてしまいました。


〆も食べたので、そろそろ一人で寝ぐらに戻るとする。歩いて5分くらいか。ベロッベロの千鳥足状態ではあるが、明日の朝のアラームを15分刻みで丹念にセットした。ご丁寧にアラーム音もいちいち変えた。530に必ず起きる。


時計を見ると既に1時を回っていた。


つづく

由だ。


極秘の任務をイーサンハントのように大騒ぎをして終えた俺は、やっと任務から解放された。あとは明朝の730分にもう一度ショッピングセンター内を撮影する。そっちが本番なのだ。


しかし、死ぬほど腹が減った。


今日は朝から何も食べてない。口にしたのは八重洲エクセルシオールの珈琲と新幹線で飲んだ静岡茶だけだ。今日と明日で2日間しか滞在できない。仮にこれから昼晩朝昼と食べても4食しか食えない。その4食の全てを大阪で食べたかった。


まず最初に口にするのは、難波の人気ラーメン店「友愛亭」だ。この出張が決まる遥か前、何も知らない俺は、ツイッター上で軽々しくこう呟いている。日付は531日だ。




俺が難波に行ったら

真っ先に友愛亭で

ラーメン食うね


君は言霊を信じるだろうか。30年間働いてきて、出張などありえない職種の俺が、このツイートをした30日後、突然社長から大阪出張を命じられる。


なので、大阪に来た最初の一食はこの友愛亭のラーメンを食わないといけないのだ。なんかそんな気がする。


とりあえず御堂筋線の梅田駅に戻る。あれだけ苦労した梅田駅も、帰りはあっさりとたどり着けた。ドラクエの中ボス倒した後ダンジョンの帰り道のようにあっさりとである。さて、梅田駅から友愛亭のあるなんば駅は4駅である。なんの苦労もなくなんば駅に着いた。


しかし、ここから再び

俺の方向音痴がスパークする。


目の前にアマゾン川のようにうねる広大な道路を見て、自分がどこから来て、そしてどこに行くのか、分からなくなってしまったのだ。


そんなエレクトリックサーカス状態の俺が進むのは、必ず反対方向に決まっている。だが、ここで立ち止まって、忍者ハットリくんのシンゾウのようにえんえんと泣いていても誰も助けてはくれないのだ。


勘を頼りに歩くと「難波中」という中学校の信号が見えてきた。いや、これは中学校ではなく難波中という地名なのかも。そして東横インが進行方向左舷前方にある。


さっそくグーグルマップで調べると、なるほど目的地に対してなんば駅から南方向は合っているが、西に大きくずれている。だが、まだ間に合う。ここから真東に向かって進めば、ちょうど友愛亭にたどり着く。と、左に視線を移すとセルフうどん屋「饂飩つるまる」が目に飛び込んできた。


こんな店、東京にもあるじゃないか!俺の胃袋には、全国展開するようなチェーン店の食い物なぞ、ビタイチ入る隙間など無いわ!


しかし、腹はぐーぐーと鳴っている。お腹と背中がジョインしそうな今の俺には、ミニ四駆程度の駆動時間しか残っていない。饂飩屋をスルーして、大きなショッピングモールを左に見ながら、俺は日本橋を目指した。

そう、どうやら友愛亭は、なんば駅から歩くより、日本橋駅から移動した方が大阪ビギナーには直線ルートで分かりやすいらしい。今知った。



駐車場だらけの道をしばらく歩くと、街は突然秋葉原っぽく変わっていた。そう、電気街日本橋に着いていた。なんとも魅力的な街なのだが、空腹と真夏の日差し、そしてたんたん竹馬カラー竹馬のように棒切れと化した足は、それを楽しむ余裕などなかった。細い裏通りを抜けて、やっと友愛亭にたどり着いた。


さて、船橋市民の俺が、なぜ大阪難波にあるこのラーメン屋さんを目指して歩いていたのか、その説明を忘れていたな。


それはTwitterである。


俺はTwitterで「#くそポエム」という、ポエムを毎日発表しているのだが、1年くらい前からそこにちょいちょい「いいね」をくれる、なんならコメントまでくれるラーメン屋さんがあったのだ。普通ラーメン屋さんなら営利目的でTwitterを使うので、俺のこの「くそポエム」は、逆効果だと思うのだが、バンバン「いいね」や「リツイート」をくれる。あれ、このラーメン屋さんちょっと普通のラーメン屋さんと違うなと思い、調べてみると関西では相当に有名なラーメン屋さんだった。お店もかなり変わっていて、強烈にボクシング推し。店じゅうボクシンググッズやらポスターだらけで、さらに世界チャンピオンが試合後に食べに来る凄い店だったのだ。


だが、ただのボクシング推しの店なら、俺もそこまで興味は湧かないよな。そう、本業のラーメンが凄い。たまにアップする新作のラーメンがめちゃめちゃ美味そうなのよ。しかも、関西のラーメン屋さんには珍しく醤油ラーメンに心血を注いでいる。スープ黒っ!


俺は自称ラーメン好きを名乗るヤツに、踏み絵として稲毛にある「つち家」を食べさせる。ここのラーメンのスープは、ほぼ生醤油。ここを上手いというか、不味いというかで、醤油ラーメンをどれだけ愛しているか、紛い者のラーメン好きかをチェックするのだ。以前自称ラーメン好きを語る女に食わせたら、一投目で口から出したヤツがいたな。話しはぽんせのファールボールなみに逸れた。

友愛亭のラーメンのビジュアルは、この「つち家」を彷彿とさせる、醤油好きか否かを試したくなる、黒い醤油スープであった。


ガラガラと引き戸を開ける。店主さんの元気のいい挨拶。それとは真逆のピリピリとした店内の雰囲気。ここのお客さんは、間違いなく真剣勝負をしにきている。17時過ぎという完全にラーメンオフタイムなのに結構お客さんがいる。俺はスタンダードメニューの一つである正油ラーメン「右ストレート」を注文した。


本当は限定メニューの「鶏とトリュフの芳醇ラーメン」も食してみたかったのだが、まずは友愛亭さん渾身の右ストレートを受けてみたかった。


動きに全く無駄のない惚れ惚れとするマスターの動きを視界の隅に入れながらぼーっと待っていると缶ビールがあったのでついつい追加オーダーしてしまった。


あとライスセットも♡


程なくして


着丼!



まずはチャーシューを箸で抑えつけながら、スープを一口。


イナズマー!



俺の髪の毛が逆立つ。なんて奥深いスープだろう。俺はファミコンソフト スターラスターのワープのように宇宙空間に放り投げられた。俺のラーメンデータベースの中から、スープの素材を解きほどき、過去食したどのラーメンに近いかを探ってゆく、その脳内のプレイ画面がスターラスターなのだ。



いや、食べたことのない味だった。

しかし、後を引く琥珀色のスープは見た目にそぐわずあっさりしてキレがいい。麺も中細でコシがあり、このスープを良く拾い上げてくれる。


気がつけばあっという間に麺を平らげていた。そこでライスセットを残ったスープにぶっ込むのだ。スパイスとガーリックが効いてる。茶漬けに入ってるようなあられの食感もいい。一度に二度美味しい。このイケメンのマスターは天才なのかと思う。



空きっ腹にビールを流し込んだので、結果したたかに酔った。ラーメンライスを完食して、お勘定を済ませたあと、俺は徐ろにアレをカメラバッグから取り出した。え?さっき話しただろ、アレだよ「くそポエム」だよ。




俺はくそポエムの詩集を密かに出版していたのだ。そしてそれを友愛亭のマスターにプレゼントしたのである。


俺:これ、受け取ってください。


マスター:ちょ、待ってください!待ってください!


突然のくそポエマーの訪問にマスターは驚いてくださった。どうも入店した時からハッチさんに似てると思われていたらしいが、俺のコンタクトレンズ姿と船橋の俺が大阪にいる訳がないと思って「んなワケ無い」と判断していらしたのだ。



お店に貼ってあるボクシングチャンピオンと同じポーズで写メを撮ってもらい、真摯にラーメンと向き合うお客さんもいるので、長居は無用。俺は颯爽と店を出た。店を出て大通りに出たところで、店の写真を撮るのを忘れたのでまた戻った。


マスターに見られるとバツが悪いので、遠くからこっそりと撮った。



これで俺の大阪への用事はほとんど終わった。空腹に流し込んだアサヒスーパードライがぐわんぐわんと効いてきた。軽い熱中症にかかったのかもしれない。俺は近くの喫茶店に入り、隣の席の地下アイドルとファンのピロートークを子守唄に聞きながら、深い眠りについてしまった。


つづく

んとか耐えた。


新幹線で隣のイケメンビジネスマンがこちらを向いて寝てしまい、仕方がなく同じ姿勢、同じ方向を向きながら、名古屋を過ぎ、京都を越えて新大阪駅に着いた。イケビジは京都ですっくと起きて、そそくさと下車準備をして新大阪で降りるようだった。


散々睡眠を邪魔されたので、よっぽどブカブカの彼氏の白いワイシャツを羽織って「おはよう♡」とかやってやろうかと思ったわ。

東京は小雨がパラついていたが、大阪はスカッと晴れていた。ここで俺の本日のミッションは一つ。晴れているうちに撮影対象であるショッピングセンターの全景を撮ること。


この任務は非公式である。


本番の撮影は、明朝730分に先方の担当者と会ってからスタートなのだが、梅雨の真っ最中なために明日の天気も定かではないから、前日のプライベートタイムから、こちらで勝手に撮影を始めるのだ。とにかく梅田だ。俺には時間がない。


と、その前に新大阪駅の改札を出てすぐに“みどりの窓口”に向かう。そう、会社の用意した翌日の帰りの切符は新大阪12:06東京14:33着だ。これだと、撮影終わってバタバタしてたら全然大阪観光など出来ないではないか!なので17時ごろ東京に着くような切符にチェンジマンしてもらおうという魂胆である。


窓口に着いて並んでいると、俺の担当は愛嬌のいいお姉さんだった。俺はチケットを見せて、指定席料金は別途払うから時間をズラせないかお願いした。


結果は、けんもほろろに“ノー”だった。俺の前に外人客が続いたため、彼女はちょっとオーバージェスチャーぎみに申し訳なさそうな顔をした。格安チケットなので、そんな融通は利かないらしいのだ。


がっくりとズゴックのようななで肩を落として、御堂筋線に向かった。こうなったらとっとと撮影を終わらして、今日は呑みまくってやる。だが、新大阪駅で御堂筋線を探して歩いている間に考えが変わった。


重い。

陸戦ガンダム的なリュックが

耐えられないほど重い。


シローアマダじゃあるまいし、灼熱の中目的地の梅田までこいつを担いで歩きたくない。例え無事に撮影が終わっても、梅田や難波とは逆方向のホテルに荷物を置きに戻らないといけないからだ。なので、道すがらの御堂筋線の手前にあるホテルに一旦荷物を置いて、なんならチェックインしてから、仕事の撮影地に向かうことにした。


ホテルは新大阪の次の西中島南方駅にある。


ホームに来た電車の行き先は「なかもず」と書いてあった。この終着地「なかもず」が、大阪のどこにあるのか、船橋ボーイの俺は皆目分からないが、語呂感がとても大阪っぽくて良き。



ホテルの場所は、西中島南方駅から徒歩5分なのだが、グーグルマップが真逆に真逆に案内するので、めちゃめちゃ歩いた。



知らない土地でのグーグルマップは危険だ。ころころとケムマキの忍術のように現在地が変わるから、自分の位置を完全に見失う。俺は忍者ゴッコしに大阪まできてるんじゃねぇ。


その日大阪は真夏日だった。


背中はリュックの熱でびっしょり、しかし、ほんの3時間前の東京は肌寒かった。ニッポンの東と西ではこんなにも気温が違うのかと痛感した。若干フラつきながら今宵お世話になるホテルのフロントに行き、オールバックのヤサグレ中年ホテルマンからキーを受け取り、15時ちょい過ぎにチェックインした。何となくボロいホテルだが、どーせ正味5時間くらいしか滞在しないだろう。荷物を整理して、小さいDOMKEのカメラバッグにSONYα735mm単焦点、24-70mmのズームレンズとバッテリーだけ持って出かけた。部屋の鍵をかけた後、くそポエムの詩集を入れるのを忘れ、また部屋に入って詩集をカメラバッグに入れてから出かけた。


この詩集がこの後大事なんよ。


ヤサグレフロントにキーを預け、俺は颯爽と西中島南方駅に戻った。悔しいことにあれだけ迷ったホテルは、 駅からめっちゃ近かった。ここからまた御堂筋線に乗って梅田駅まで2駅。淀川を渡ればすぐに着く。


しかし、早くしないと日が暮れてしまう。せっかく前日から現地入りしているので、なるべく明るいうちにショッピングセンターの全景を撮っておきたい。


御堂筋線は西中から少しの区間を自動車道と平行に走る。ちょいちょい車に抜かされている。車内で足踏みしている間に梅田駅に到着した。しかし、地下からの出方が分からない。どこの出口を出ていいやら検討もつかない。


なんや梅田はいつのまにか

ドルアーガの塔みたいに

なっとるやないけ。


13年ぶり3度目の梅田、ちょっと大阪の土地勘には自信があったのだが、その自信は音を立てて崩れていた。


とりあえず目についたエスカレーターに乗った。梅田駅のエスカレーターは立ち止まって乗る時は、東京とは反対側、見事に右が歩かない人用のレーンだった。さっきの新大阪駅では関東人も混ざっているので、これが徹底されておらず、無法地帯だったが、梅田まで来るとちゃんと浪花のルールが行き渡っていた。俺も右側に立ち生粋の関西人を装ったでほんまに。


実は俺の関西人のイメージは、コミックボンボンのプラモ狂四郎に出てくる浪花の天才モデラー、天満三兄弟からバージョンアップしていない。


そのぐらい強烈なキャラクターだったのだ。確か天満兄弟の実家は、大阪城近くのお好み焼き屋だったはず。


まぁいいか。


とりあえず、そのショッピングセンターを探している。13年前にもあった駅前にある観覧車を目印に歩いているのだが、目的地が掴めない。




グルグルと歩いてやっと目的地のショッピングセンターを見つけた。後から確認すると御堂筋線の梅田駅は目的地の逆サイドにあった。


陽も傾きかけていたが、青空だったのでとりあえずシャッターを切る。しかし、思った以上に建物の周りを電線が張り巡らされている。それでも正面や横を念入りに撮っていると、元阪神の阪神 小林繁投手に似た警備員さんに笑顔でチェックを受けた。


許可なく撮影できませんのよ。


関西弁のイントネーションでフレンドリーに注意を受けた。打ち合わせは明日の早朝だし、今日は日曜日なので混雑している。迷惑をかけてしまうので担当者の名前は出せない。もじもじしていると、いつのまにか警備員さんが集まってきて、囲まれてしまった。つっても3人な。


俺は最初に話しかけてきた警備員さんに自分の名前と担当者の名前キダさんを告げた。しかし、今日の俺は仕事ではなくオフで来ているので、呼ぶのは堪忍してくれとも。


しかし、警備員さんは人懐っこい笑顔で「ええですやん、ええですやん。キダさんに会うたらええですやん」と無線で繋いでしまった。


それから5分ほどして

小走りにキダさんが来た。


前情報によりキダさんの年齢は、30代前後というのは聞いていたが、顔は大泉洋、喋り方は小藪にそっくりだった。


どうも、どうも。

お早いお着きで。


僕らが同伴しないと外観の撮影もオフィシャルにはダメなんですわ。


俺は申し訳なくて、ぺこぺこと頭を下げた。しかし、キダさんは初対面なのに、まったくそんなのを感じさせない人懐っこいキャラだった。


軽く世間話をしてから、明日の打ち合わせをした。


ほな、明日の730分によろしくお願いします。僕は720分に来てると思いますけど、寝坊しちゃうかもしれません。


そう小藪風に言うとキダさんは、また小走りに帰っていった。正面エントランスには、おそらくキダさんの先輩やら上司やら警備員さんやらと10人ぐらいスクランブルしていた。よほど刺激が欲しいのか、それとも来客が珍しいのか、遠くからこちらを見て談笑していた。


でも、会って良かった。

一気に明日の緊張が薄らいだ。


さて、イッツショータイム!

いよいよ自由時間だ!


つづく

重洲にいる。


レンズフィルターを望遠レンズにはめ、珈琲屋の電源からスマホを充電しながら、隣の父娘の話しまで盗み聞きするという難度の高い複合技をやってのけ、新幹線発車15分前に俺はエクセルシオールを出た。


八重洲地下街から駅までの道、改札から新幹線ホームまでの順序も全てシミュレーション済みのはずだったが、珈琲屋を出て、まずどっちに向かうか分からなくなってしまった。ご自慢の方向音痴がここへ来てスパークする。そうなると目の前の八重洲地下街は壮大なダンジョンへと姿を変えるのだ。あの父娘のせいで時間はもうない。緊急事態なので一旦レミリトで強引に地上に出て、東京駅を目視しながら改札口に向かった。


地下から改札口手前の階段でスマートに行くはずが、最寄りの階段で出て、そっから改札に向かうので、発車の時間が迫っている。俺は売店でビールとお茶だけ買ってホームに向かった。このビールは新幹線で隣の見知らぬ乗客が飲んだら俺も飲む用である。隣の客が飲まなければ、当然飲まずにリュックの中である。



俺は乗車口の列のやや後方に並んだ。ちょうど日曜日なので、結構混んでいる。指定席は恐らく満席だろう。新幹線の扉がシューっと開いて、のぞみ31号に乗り込んだ。窓際の自分の席を見つけ座ると後から30代前半のイケメンビジネスマンが隣に座った。


東京発大阪行きの俺の恋の予感が

ただかけぬけるだけで終わった。


もし、美人JDとかなら、俺は2時間半ずーっとクンクンクンクンと美人JDのいい匂いを嗅いでいただろう。そうして過呼吸になるのは漢の本望じゃあないか。


イケメンビジネスマンは2段階ほど椅子を倒した。俺もそれに合わせるようにピッタリと2段階倒す。これが俺のまだ人生で6回しか乗ったことがないけど新幹線の流儀である。


あ、一人で新幹線に乗ったのは初めてだ。


ビジネスマンはビールを持っていなかった。これでもかってくらいダサいパッケージデザインの「お〜いお茶」をシート前部の網に放り込んだだけである。


これで俺の缶ビールサッポロ黒ラベルは荷物としてホテルの冷蔵庫まで運ばれることになった。こういうこともあるんじゃないかとキオスクで静岡産のお茶も用意していたので、俺もイケメンに習ってシートの網にペットボトルを放り込んだ。




いつも思うのだが、新幹線の発車時は、もっとうるさくベルを鳴らしてから発車してもいいのではないか。これから発車するぞっという気合いが感じられないし、なによりも乗り慣れてないから音もなく発車するの怖い。すーっと滑るように加速して気がつくと品川まで来ている。こんな感じで新横浜まで静かに進み、いよいよ名古屋までノンストップで突っ走るじゃんか。


非常に眠い。


恐らく3時間くらいしか寝ていない。終点が新大阪駅行きの新幹線ならガッツリ寝てやろうと思うのだが、この新幹線は博多行きである。音もなく駅に到着し、音もなく駅から発車するので、寝こいたら最後だ。新京成線ならせいぜい松戸駅まで行って帰って来るだけだが、新幹線はそうはいかない。博多に行ったら乗り過ごした分と戻って来る分とで、ガッツリ3万円請求されるはずだ。


何も告げずにそーっと新大阪駅に着き、そのまんま起こしてもくれないで、こそっと博多まで運ばれて、サンマンエンってあんた!そりゃぼったくりだよ。


なので逆算して京都でアラームが鳴るようにしておいた。しかし、寝過ごしたらアウトという緊張感からビタイチ眠れない。俺は静岡の田舎の景色を見るだけだが、隣のイケメンビジネスマンはよりによって窓側の俺の方に顔を向けて寝ている。俺が普通に正面を向いているだけで、このイケビジに横顔を見つめられているような顔の気配があるのだ。そのぐらいガッツリ真横を向いて、なんならちょっと俺側に傾いて寝ている。


これでもし俺が通路側、つまりイケメン側に顔を向けば、愛し合い見つめ合う二人みたいになる。玉木宏似のすっとしたイケメンだ。なんなら、俺の雌(めす)の部分が疼きそうになるので、俺は窓を見るしかなくなってしまった。


シンクロナイズドスイミングペアのキメポーズのように二人で窓側を首を真横に向いている。こんな姿勢で2時間も耐えろというのか。


つづく