怪談「累ヶ淵」と仏教(その2)」の続きです。

 

 こちらは、大阪市にある融通念仏宗総本山「大念仏寺」が所蔵する「累怨霊の図」です。

 

 累に憑依された菊は、夢うつつに累の姿を見ていたようで、累の容貌について「片目が腐っていて顔はできものだらけ。この世のものとは思えない恐ろしい容貌をしていた」と語っており、累の怨霊は本当に上の図のような姿をしていたのかもしれません。…それにしても、よく見たら右手に鎌を持ってますね。こんなのが村に居座ってたら嫌すぎる(笑)

 

 さて、前回あらすじをお話しした怪談「累ヶ淵」の原作である「死霊解脱物語聞書」ですが、陰残なホラー小説と思いきや、作品の冒頭に「菊と申す娘に累といえる先母の死霊とりつき因果の理を顕し…」と記されており、実のところ、因果がテーマである「仏教説話」だったりします。

 

 作品では、まず最初に「容貌が醜い」という理由で助(すけ)が父親に殺されます。この助の怨念は次に生まれる累が醜く生まれる原因となり、醜く生まれた累は夫に疎まれ、ついには殺されて怨霊となり、その結果として義理の娘である菊を苦しめることになります。つまりは、全ては、助を殺したことから始まる因果の物語である…というわけです。

 

 …となると、元を正せば、助を殺したとされる初代与右衛門が諸悪の根源じゃないかと思えるのですが、実はそんな単純な話ではないようです。

 

 こちらは、累が与右衛門に殺害されている時の図なのですが、よく見たら左側の柳の下に男がいます。村人たちは、累が殺されたことを知っており、醜く性格の悪い累が殺されるのを黙認していたようなのです。

 

 さらに、父親に殺されたとされる助ですが、実のところ、その実行犯は父親に命じられた母親だったりします。暴力的な父親が妻の連れ子を虐待し、妻も自分の身の可愛さに実の子の虐待に加担するということは、悲しいことですが現在でもよく聞く話です。

 

 そして、菊に憑依した累が村人たちの悪事の暴露を始めることは、事件の舞台になった羽生村が倫理観の欠如した「ムラ社会」であったことを説明しています。そもそも、さっさと自分を殺した夫に憑依して殺してしまえばいいわけですが、累がそれをしないのは、夫個人への復讐ではなく、自分を蔑んて虐げてきた村全体に対して復讐しようとしているようにも見えます。

 

 これも何か既視感があります。テロですね。その中でもローンウルフと呼ばれる形態です。

 

 ローンウルフとは、過激派などの組織に属さずに思想的背景もない個人が、自暴自棄などを行動原理としてテロ行為に及ぶことである

wikipedia「ローンウルフ」

 

 同調圧力が強いとされる日本社会において、集団に馴染めずに孤立してただ恨みを募らせる。秋葉原の無差別殺傷事件や京都アニメーションの放火事件など…、今も昔も、個人に対する社会の無関心・残酷さは変わらないのかもしれません。

 

 累ヶ淵の現場である羽生村に行ってきましたので、次回はその報告をしたいと思います。

 

 次回に続きます。