鬼ちゃんが無愛想な表情で、ビールを持ってくる。
 キョウスケさんのもとにビールを置くと、何も言わずにカウンターへと戻っていった。


「あの、俺ももらって良いっすか?」
 俺が聞くと、彼女は腕を組んで、眉を寄せ、首を傾げた。
「んー? その前に一つやる事があるんじゃなかったっけ? ねぇ、カイ」
 口座のカイさんが、同じ仕草をする。
「そうだなー。一つ忘れてるなー」
 あれ、何だっけ? と思っていると、キョウスケさんが耳打ちしてくれた。
「自己紹介だよ、自己紹介」
 説明されていない。だが、キョウスケさんは説明した気になっているらしい。ここで「知りませんでしたよー」と言っても意味がないので、俺はとりあえず忘れていたフリをした。
「あ!」
 と言って、手をポンと叩いてみる。
 俺はオロオロとし、頭をぽりぽりかきながら、
「忘れてました……。自己紹介っすね」
 と言った。女性とカイさんが頷いた。
「Kっていいます。よろしくお願いします」
 その後、暫く沈黙。これは、相手にも聞かなければならないのか?
「あ、お名前聞いても良いですか?」

 彼女が苦笑しながら、


「ポコ」

 と言った。


 ポコ……?
 ポコー?
 ポコですか。


 もちろん、源氏名だろう。しかし、誰が付けたのか。
 お腹がポコっとしているから、ポコという名前なのだろうか?
 もしこれを彼女が自分で付けているとなると、彼女はかなり自虐的な人間という事になる。いや、それよりも口座であるカイさんがあだ名としてつけたのを、彼女も冗談でここの店ではそう名乗っているのかもしれない。いや、それよりも――
 奇妙な名前に戸惑っていると、説明してくれた。俺の心理を探ったわけではないだろうが。

「これ源氏名やねん。うちがポコポコしてるからってなー。うちの店の店長に勝手に付けられたんやけど。愛嬌あるって人気やからそのままにしててん」
 ポコポコしているの意味がいまいち分からなかったが、ふわふわしているとかそういう言葉の類だろう。
「そうなんすか? へ、へぇ~」
「あ、今変な名前とか思ったんやろ?」
「いや、思ってないっすよ! 可愛い名前じゃないっすか!」
「怪しい……」


 ポコさんの目がかすかに開かれる。口元は緩いままだ。大丈夫、笑みであって怒りではない。

 他人の表情を気にしながら会話するのって、これまで意外となかったな。

 ポコさんを見ながら、俺はふとそう思った。



 その後、すんなりとビールをもらえたのだが……。

 俺はその後ほとんど空気のような存在だった。





「何か一発芸やってよ」
 そう言われたものの、ここでお相撲さんなんてやったら印象超悪い事ぐらい、ホストじゃなくても分かるだろう。
 何か一発芸……。

 両手をポケットの中に入れ、少しうつむき加減で眉を寄せる。自分で少し暗い調子の曲を口ずさみながら、俺はネタを始めた。
「ヒロシです……」
「それ飽きた」
「え?」
 彼女の冷めた声に、俺は驚く。思わず目を見開いて彼女を見ているのが自分でも分かる。
「あー、それ俺のネタやねん。残念!! パクリのまたパクリ斬りぃぃ!!」
 とか何とか言って、キョウスケさんが俺を斬るフリをした。俺もノリで「ぐはぁ、しまったぁ」とか言ってみる。このタイミングでよく言えたものだ。彼女が苦笑していた。
「仕方ないな。良いよ、座り~」
 キョウスケさんのフォローもあり、俺は何とか席に座る事が出来た。


 次は自己紹介だ。
 そう考えながら席に着くと、キョウスケさんが突然、
「鬼ちゃーん! アイスビール!」
 と言った。
 鬼ちゃんとは、ボーイさんの名前らしい。鬼頭と書いて「きとう」と呼ぶらしいが、従業員一同は「鬼(おに)ちゃん」と呼んでいるらしかった。いや、それよりも俺が驚いたのは、そのビールのもらい方だ。あれ、飲み物をもらう前に一度客に聞くんじゃなかったか。彼自身が言っていた言葉である。
「あはは、キョウスケ、新人君が戸惑ってんで」
「あ、この人は優しいからな、別にいちいち言わんでえぇねん」
「こら、それって客として見てないって事ちゃうん?」
「ちゃいますよー」
「へぇー、じゃあ何として見てるん?」
 その言葉でしばし腕を組んだりして考えたフリをした後、キョウスケさんが自分の鼻先を指で押し上げた。
「…………ブヒ」
「こらぁ!」
 と怒りつつも、彼女の目は一層細くなり、口の端は上を向いている。お相撲さんの顔がアンパンMENになった。
 俺が言ったら、普通に怒られているんだろうな。


 キョウスケさんと彼女がどれだけ親しい仲なのか、このやりとりだけで俺は察知した。


 同時に――


 これがホストなのだと実感した時だった。

 キョウスケさんの後をついていくと、カイさんのテーブルに着いた。
 いきなり両手を合わせ、お願いのポーズをする。
「すいませーん! 失礼していっすかぁ~!」
 周囲には曲が流れている。ゲーセンとだいたい同じぐらいの音量だ。なので、キョウスケさんの声は自然とでかくなっていた。その声に反応し、カイさんの隣に座っていた女性が、キョウスケさんを見る。途端に笑顔になった。
「えー? どうしよっかな~」
 にやりと悪戯っ子っぽい笑みを浮かべる女性。
 正直、俺はその仕草にぞっとしてしまった。お相撲さんかと思えるぐらい体型はどっしり。目は線のように細く、両頬には餅二つ分の膨らみモッサリ。そんな体型の彼女が妖艶な笑みを浮かべ、キョウスケさんに意地悪な発言をしたからである。

 俗に言う、キモイ。

 しかしこれが俺の間違いだという事に、後々気づかされた。実は彼女、めちゃくちゃ愛嬌あって可愛いのだ。詳しく言うと「キモ可愛い」の部類に入るのだが。
 だがこれは本当に後々の話だ。俺がヘルプや口座として触れ合った客との比較の上に成り立った感想である。
 何故、可愛いのか。要するに従順だからだ。
 客の中には本当にわがままな女性が多い。その中で、きちんと金を払ったり、盛り上げやすい客はそれだけでかなり人気があがる。
 その時間を楽しむだけで、ホストとの時間は色恋ではないと割り切っている客などは最もホストにとって接しやすい相手である。
 なので、この女性はかなり良客という事らしかった。だが、この時点の俺は知らない。ただ単にキモデカッとだけ思っていた。


「しょうがないなぁ~。じゃあ、今日だけ特別だよ~」
「おぉ、ありがと~。って、それいつも言ってんじゃん!」
「あはは」
「まったく……カイさんからも何か言ってくださいよぉ~」
「もうほんまに、あかんで~」
「何があかんのっすか!?」
 俺を外野に三人が盛り上がる。自然とキョウスケさんはヘルプ席を二つ、テーブルから引いていた。ちらっと俺の方を向いて、キョウスケさんが俺を指さしながら女性に顔を向ける。
「あ、今日入った新人なんすけど、こいつも入れてやって良いっすか?」
「え~どうしよっかな~」
 初めて、女性が俺のほうへと顔を向ける。
 俺も初めて女性と目が合った。
 本当に、相撲取りのような顔、体つきだ。これでちょんまげだったら、街角で会った時に「お相撲さんですか?」と尋ねてしまうに違いない。


「良いよ」
 女性はあっさりと俺が席について良い許可を出してくれた――
「ただし――」
 と、思ったが、
「何か一発芸やってよ」
 と言ってきた。キョウスケさんの時と同じ、悪戯っぽい子の笑みで。


「まじっすか……」
 俺は一人呟いた。


 一発芸なんてそんなにした事がない。やったとしても、中途半端でウケた試しがない。


 ここはやはり……お相撲さんか?


 そんな事を考えながら、数秒の時が流れた。

今日、というかもう昨日――は仕事が面倒くさくなってしまったので、休んでしまった。

起きたら昼の十二時。出勤予定は午前九時……。

とりあえず俺はパンを食べて煙草を吸って、落ち着いてから会社に電話した。


「やっべー、遅刻や!」

そんな事は思わない。

「あ、休も」

慌てる気ゼロである。


といっても、ここの仕事場も結構てきとうな部分が目立つ穴のある会社。俺と似ている。

「休みます」

その一言だけで休みをもらった。明日出勤したら時給減っているかもしれないが。

ちなみに俺は一度も就職はした事がない。というより、そんな生活は不可能な気がしてならない。バイトという今の立場でさえも限界を感じている。

朝起きて夕方仕事終わるような生活はあまり合っていない。今の時期暑いし。溶けてしまいそうな勢いである。出歩くのならば夜の方が良い。


とにもかくにも明日――というか今日はさすがに出勤しなければ。

とか言っているのに今の時間まで起きていて、これから寝ようとしている時点で休む気マンマンである。

いや、行くけども。

それで、四人とも座った後は会話だ。
会話の合間を狙って、ヘルプは飲み物をもらわなければならない。
ヘルプは口座の繋ぎという役目が第一だが、それとは別に単価を上げる、という役目もあるのである。
飲み物をもらえないようなヘルプは駄目なのだ。といっても、ヘルプが飲み物をもらう、客がヘルプに飲み物をあげるというのは当然の事なので、たいていはもらえるのだが。中には意地悪をしてくれない人もいる。


ちなみに――お金がないから、という理由でヘルプに飲み物をあげないような客は、ホストクラブなんて行くな、と言いたい。
それならば、金を貯めて余裕のある時に店に行け。でないと単なる痛客である。
ホストからも、表では愛想よく振舞われるが、裏では嫌われてしまう事を考慮しておいてほしい。


ホストは金がかかるのだ。


飲み物をもらった後は、ひたすら会話。
合間に、グラスを拭いたり、テーブルを拭いたり、灰皿の交換などを行う。
基本的には口座の仕事だが、ヘルプがいる時はヘルプに移行する。ヘルプになった時点で、その間はどんなに先輩だとしても口座よりも下になってしまうのだ。下になった口座に仕事をさせるのは失礼なのである。

会話は主に下ネタであろう。
たいていの客は夜の仕事をしているので、あまりテレビでやっているような話題は弾まない。ホスト自体もあまり見れないし、その客も見れないからだ。これが一般客なら、ホストが合わせれば何とかなるのだが。基本的にはホストもテレビをあまり見れないので、テレビの話題はない。

カラオケのある店ならば、歌の話などもあるだろう。

後は、自分の過去の自慢話。ホストが自分の今までの経験を喋るのである。
「あぁ、この人ってこういう経験してきたんだ。この話って、私しか知らないんだろうな。私にだけ、話してくれているんだ」
と思わせれば効果ありだが、白けてしまう場合もあるのでやめておこう。
ちなみに、この過去話は、ヘルプは基本的にはやってはいけない。
決まりはないが、白けてしまうからだ。
口座の事をもっと知りたいし会いたいから来ている客が、ヘルプの過去を知って嬉しいか?
たいていはつまらないだろう。


自分の趣味の話は効果的だ。
趣味が合えば、それだけでだいぶ時間を稼げるし、ヘルプとしても「話さなければならない」という重圧がなくなっていく。
もしも趣味が全く合わなかったら、すぐに話題を切り替えるべきだが。

お客さんとの会話は、単なる取り留めのない会話で終わらせてはいけない。
相手は金を払って時間を買っているのだ。
「あー、面白かった」
と思わせなければならない。逆にいうと、面白いと思わせられればなんでもやって良いのだが。

会話で最も受けるし、幅広いのは、やっぱり下ネタ。
後は身内ネタもたいていは受ける。常連となった客に対しての効果は絶大である。
後は、一発芸ぐらいだろうか。

下ネタ、身内ネタ、一発芸はたいてい受ける。
だが、これだけで終わらせてしまっては、そこらへんにいるホストと変わらない。
やはり売れるには、何か他のホストとは違う部分がなければならない。



――話が逸れてしまったが。
ヘルプのマナーや、ホストの話題とは、こういうことである。

基本的に、ヘルプとは口座の客がかぶった時に繋ぐ役目のホストを言う。

口座とは、客の指名したホストの事だ。
その口座を指名した客が二人、同じ時間帯に来店してしまっている場合、必然的にどちらか片方は、せっかく店に来ているのに口座がいないことになる。そのため、なるべく口座は一時間の間に行ったり来たりするのだが……それでもポツンと一人でいなければならない時間がどうしても出来てしまう。その口座がいない間を何とかして繋ぐのが、ヘルプの存在理由である。
 
基本的に、テーブル席には四つの椅子がある。
その座る場所は、どこの店でも共通してと思う。
まず、壁際が口座と客だが、この二人も座る場所がさらに細かく決まっている。基本的に、客は奥側。一番席を立ちにくい場所に座らされる。たとえば、前方にはテーブル、後ろと右側には壁、という感じである。そして、左側に口座が座る。これで四方八方、客は移動場所を失うのだ。
これは、客が勝手に行動しないための手段である。
ホストとしてはこの手段がもっとも有効なのだ。
たとえば、オラオラ営業している口座だったら「は? 帰る? 何言ってんのお前? もう一時間おれや!」という風に怒鳴り、その席にずっと座っていれば、客は帰りたくても帰る事が出来ない。つまり、この手段を使えば、客は口座を説得させないと、帰れないのである。

ホストとは外道なり。


……話が逸れてしまった気がするが。
ヘルプは、客の正面の椅子に座る。もう一人ヘルプが座る場合は、その隣だ。どちらにしろ、壁際に座る事はない。



で、本題に入る。


まず、座る時点からマナーがある。
座る順番があるのだ。客、口座、ヘルプという順に座る。もし客よりも口座やヘルプが座った場合、それは「失礼」にあたる。といっても、口座の場合は客との上下関係によってはこういうマナーを気にしなくても良いのだが。いや、気にしなくて良いわけではない。気にしない、というほうが妥当だろう。
もっとも、これは客、口座、ヘルプが三人で席に着く場合である。基本的には、ヘルプは客と口座が席に着いて、暫くしてから向かうので、あまりこのマナーは使われない。


というわけで、客と口座が席に着いた後、からのマナーを別に紹介しよう。
まず、ヘルプはそのテーブルまで辿り着いた後、お客さんに話しかける。
「すいませーん、失礼していっすか~?」
とりあえず、席に座って良いのか許可をもらうのである。ここでOKが出た場合は、席に座って良い。たまに……面白がって拒否されたり、本当に嫌いなホストがヘルプに来た時に客が断る場合があるが。たいていはOKを出してもらえる。
「いいよ」

OKが出たところで、ヘルプは席に着く。

 それからまた入れ替わりがあった。アイルさんが客のために店に戻り、キョウスケさんがこちらへと来た。
 それから数十分。俺達三人は店の下に戻った。


 携帯のディスプレイで時間を確認するキョウスケさん。俺も確認してみる。
「よし、店戻ろうか」
 時刻は、七時。
「キョウスケさん、今から何するんすか?」
「ん? あ、そうか。お前今日からだったもんな。ヘルプだよ、ヘルプ」
 俺の質問に答えてくれるキョウスケさん。だが、その表情は少しダルそうだった。
「あー、めんどくせぇ。アイルさんのとこ行きてぇなー」
 そんな事を呟きながら、エレベーターに乗る。


 初めてのヘルプ。


 ヘルプというのは、口座の客がかぶってしまった時、口座がいない方の客の相手をする事だ。
 本来はそういう役目を持つヘルプという存在だが、この時刻になると少し違う。俺達の店では、客のいないホストは無理やりにでも、どこかの席に着かなければならないらしい。


「とりあえず、席に着く前に客にお願いするんよ。すいません、失礼していっすか~? こんな感じで。ほんで、その後は適当に会話しながら、隙を狙って酒をもらう。すいません、お飲み物もらっても良いですか? みたいな感じでな。後は適当。酒飲み終わって、もう一杯もらえそうだったら、おかわりいっすか~? こんな感じ。喋りは相手のキャラを観察して適当に」

 適当という単語が何回出ただろうか。ホストとは、そういうものなのだろうか。
 俺はとりあえず、緊張しつつも分かりました、と言った。
「あ、飲み物はヘルプの時はアイスビールかジーマな。それ以外はやめとけ」
 キョウスケさんが説明する。
「ま、俺も一緒に行くから安心しとき。ちゃんとフォローしたるから」
「……はい」
「じゃ、五番。行こうか」
 ネクタイを締めなおし、髪のチェック。身なりを整え、いざ五番テーブルへ。


「K、あんま緊張すんなよ」
 Dが後ろからそう声をかけてくる。一度振り向き、俺は笑顔を向けた。
 キョウスケさんがDに近づいていく。
「早くヘルプ行け」
 Dが軽く小突かれた。

営業とは、ホストがキャバや風俗に行って、そこの女性達を口説く行為である。


新人で営業をするような奴はほとんどいない。行っても無駄だからである。新人時代に行くのなら、ホストという職業を隠して一般人として遊びに行った方がマシだ。
でないと「さっきのあいつ、ホストだって! あはは! ……はぁ、ださっ」で終わるからである。単なる恥さらしになってしまうのである。

何故か。

ホストとしての色がついていないからだ。ホストっぽくないのである。
だから、既にそのキャバや風俗で働き、色のついている女性からしたら、そんな「ホストもどき」と等しい新人ホストは、自分よりも「下」の存在になってしまう。
そんな下の存在のために、財布の紐のかたい女が行くか?
絶対に、行かない。まぁ、稀に一目惚れや面白そうだからとかそういう理由で行く場合もあるだろうが。

つまり、この営業は、キャバ嬢よりも上の存在になってから行かなければならない。なので、ナンバーに入っていなければ、ホストと名乗らない方が無難だろう。少し卑怯だが、最初は一般人として接し、仲良くなってから「実はホスト」と暴露し、泣きを入れるのがまだ確率が高い。間違っても、「下」の存在の時にオラオラはやってはいけない。
「こいつ何? いきがっちゃって、ださっ」で終わってしまって、やはり恥さらしになってしまうからだ。


ちなみに、ホストは一時間何千円のところで、相手も一人、という場所には行かない。それよりも、一時間のうちに三人ぐらいが回ってくるような店を選ぶ。その方が、確率が少しでも高くなるからだ。


今回は新人ホストの方達にアドバイスしておこう。
「営業はまだ行くな。行くならパンピーとして振る舞い、まず仲良くなれ。そして、仲良くなってから暴露しろ」

 その後、リンナさんとユイさんは帰ったらしく、アイルさんが戻ってきた。キョウスケさんは別のお客さんが来たので店に残ったらしい。
 暫く牙狼さんとキョウスケさんとDと俺の四人でキャッチをしていたが、途中で客が来たので牙狼さんが店に戻り、三人でキャッチを続けた。

「リンナさん、めっちゃ可愛いっすね~!」
 Dが妙な踊りをしながら、アイルさんに話しかける。

 その言葉を聞いて、アイルさんが首を傾げ、眉を寄せた。
「可愛いかぁ? あんなん普通やで?」
「えぇ!? アイルさん目が肥えちゃってるんすよ! めっちゃ顔可愛かったじゃないっすか。間近で見たけど肌も綺麗だったし、化粧もうまいし」
 Dの言葉にアイルさんがため息をつく。

 ちなみに、俺から見ても可愛い人だった。性格も良さげだったが、それは置いといて、純粋に顔だけで判断すると「超可愛い」の部類に入る。だが、アイルさんからしたら違うらしい。

「お前、ホストのくせにそんな事思ってたら客に食われてまうぞ」
 アイルさんが苦笑しながら言う。
「俺あんな感じの子客に欲しいっすよ~! いないかなぁ」
「あはは、営業行け行け。あんなん店行けば転がってるから」
 営業、というのはホストがキャバや風俗に行って、そこの女性達を口説く行為である。そこで仲良くなって、次は店に呼ぶ。といっても、相手は客として見ている上に、相手も接客方法を知っているので、しょぼホスが営業なんてしても逆に一般の客と成り下がるだけなのだが。


「……俺、リンナさん欲しいな」
 アイルさんに聞こえない所で、Dがボソッと呟いた。

 女二人の名は、リンナとユイ。

 二人とも本当の名なのかは知らない。ただ、うちの店ではそう呼ばれていた。


「遅ぇよ、お前等どこほっつき歩いとんねん」
 キョウスケさんが少し不機嫌そうな顔で、二人に言う。
「だってー、他のホスト達にめっちゃキャッチされたんやもん。うざかったわ~」
 ユイ、という女が返事をする。
「アホか、無視して行けや」
 頭を軽く小突いて、キョウスケさんが先々と歩く。
「痛ったぁ。ちょっとやめてや~」
 頭をさすりながら、ユイもキョウスケさんの後を追う。叩かれて彼女が嬉しそうにしていたのが、俺には印象的だった。これが二人のコミュニケーションの取り方なのかもしれない。
 先に行く二人を目で追いながら、アイルさんは以前牙狼さんと会話をしていた。

 どうやら、話が盛り上がっているらしく――リンナは無視されていた。

 キョロキョロと辺りを見回しながら、暇そうにしている。自分がどうして良いのか分からないのだろう。

 アイルさんと牙狼さんが話しているので、こちらにいるのは俺とD。
 たいていの常連だったら、暇そうにしている新人がいたら話しかけてきたりする。まぁ、興味のない新人だったら無視するだろうが。

 新人に話しかけてこないのは、まだ店に来るようになって日が浅いか、全く俺達に興味がないか、結構内気な性格なのか、だろう。

「はじめまして! 俺Dっていいます! よろしくお願いします!」

 突然、Dがリンナに自己紹介をした。微苦笑、という表現が相応しい表情をしながら、リンナは、よろしくね、と答えた。
「お名前聞いても良いっすか? てか、昨日も会った気はするんすけどね」
「リンナだよ。私、昨日来てたもん。知らない子がいたから、新人かなーって、見てた」
 少し笑顔になるリンナ。Dはそれから怒涛の質問攻め。
 俺は二人のやりとりを見ながら、ただ煙草を吸っていた。Dが話しかけているので、リンナはもう暇ではないだろう。そう考えている部分もあったが、一番でかかった感情は「面倒臭い」だろう。


 俺が一人取り残されている間、アイル先輩達は互いに話が盛り上がり、DはDでリンナに質問攻めをしていた。
「こら、お前質問ばっかじゃアカンやろ」
 アイルさんに軽く頭を小突かれるD。苦笑しながら、Dがアイルさんを見る。リンナが二人のやりとりを見て笑っていた。
「じゃ、行こうか」
「あ、うん」
 アイルさんがリンナを連れて行く。

「じゃ、俺達もそろそろ行こうか」
 俺はキョウスケさんが店に入ってしまったため、牙狼さんとDの組に混ざった。

 再びキャッチが始まった。