キャッチ中、キョウスケさんの電話が鳴った。
「はいはい。あ、アイルさん。合流ですか? 了解でーす。……K、行こうか」
 どうやら、アイルさんのお客さんが切れたので、キャッチに出るらしい。
 それで、アイルさんと合流するため、俺達はとある溜まり場へと向かった。

 ホスト達には、それぞれ店によって溜まり場がある。
 俺達の店は、ホストクラブとしては歴史の長い方(といっても、二年そこらなのだが)だったので、結構良い溜まり場を獲得している。
 十二時、つまり終電が出るまでの溜まり場は、一番キャッチ場としては最良の場所と言っても良い。
 終電でこちらへと来た人達を、真っ先にキャッチ出来る場所にいるのだ。逆に、帰る人にとっては最後に会うホスト達、という事になるのだが。
 ……正直、帰ろうとしている女性が誘われて店に来るよりも、終電でこっちに来た女性のほうがキャッチには引っかかりやすい。
 この溜まり場は十二時まで、うちらの店の場所となっている。これは、別に決めているわけではないとは思うのだが(いや、店長同士で話し合っているのかもしれないが)ホスト達の溜まり場というのは暗黙の内に決定されている。

 十二時を過ぎているので、俺達の溜まり場はそこではない。
 俺達は十二時から三時までの溜まり場とされているとある場所まで向かった。ここでは、携帯の充電も出来る(本当はしてはいけないのだが)ので、休憩を含めてよく従業員が溜まっているそうだ。俺とキョウスケさんが着いた時、Dと牙狼さんがいた。
「牙狼さん、今日どうです?」
「全然ダメやなぁ。まず女がおらん」
 キョウスケさんと牙狼さんが話し始める。
「K、どう?」
「全然。無視されて終わりやわ」
 俺とDも話しを始めた。


 四人が合流してから20分後、アイルさんが現れた。
「お疲れさまっす!」
 キョウスケさん、D、俺が一斉に礼をする。
「おつかれ~」
 牙狼さんも気軽に挨拶をした。
 暫くしてから知ったのだが、どうやらアイルさんと牙狼さんはほぼ同期らしい。ものすごく仲が良いそうだ。


 普通、売り上げ順によって上下関係は変わる。
 たとえ後輩だった者でも、売り上げさえ勝てれば、先輩を駒のように使えるのだ。
 その上下関係が、後々ややこしい事になる原因となるのだが――
 この時点の俺は、アイルさんと牙狼さんを見ていて、案外ホスト達は仲良くやっているんだろう、と思った。


 アイルさんと合流してから三十分後。
 二人の女が溜まり場に現れた。

恥ずかしい話、ログインするためのパスワードを忘れてしまい、そのまま放置してしまっていた。

再発行がめちゃくちゃ簡単だという事に気づいてすぐにしたのだが……PC関連の知識に疎い自分に自己嫌悪してしまった。

またこれから更新していこうと思う。

キャッチとは、「店に来ませんか?」と女性を勧誘する行為である。


もちろん、店から離れた客引き行為は禁じられているため、ポリさんには気をつけなければいけない。そのため、ホスト達はナンパで通すのである。


このキャッチ、全ての店がやっているわけではない。

キャッチをやっている店 = その時点で店の規模や人気は普通かそれ以下となる。

人気の店は、キャッチをする必要がないからである。

何故なら、客が客を呼んでくるからである。客が連れてきた友達(客)は「枝」と呼ばれる。この枝がさらに枝を呼び――という形で、キャッチに出なくとも客が店にやってくるのである。当然、店自体がレベル高くないと、客は枝なんて連れてこないのだが。


俺の店は一時期人気の店ではあったのだが、俺が入る一ヶ月前に、役職についていた人気ホストが次々と辞めたり飛んでしまったらしい。その原因は後々知る事になるのだが。


人気の店は、枝だけでやっているわけではない。

それに加え、雑誌に店の情報を掲載しているのである。

ホスト雑誌はコンビニにも売っている。一度、見てみると良いだろう。見ているだけではどこが一番人気なのかは分からないだろうが。店の全体のレベルは、顔を見ればだいたい分かるはずである。


もしホストクラブに行く女性がいれば、一つだけオススメしておこう。

「雑誌を見てからお気に入りの人を決めて行け」

間違っても、キャッチにひっかかっていかない事である。まぁ、気分的に行きたい時もあるだろうが。

後々とんでもない事になる可能性がでかいので、その場合は気をつけよう。

「お互いがんばろうな!」

そう言い、Dはガッツポーズをした。俺もノッてガッツポーズをする。二人でげらげら笑った後、キャッチに向かった。


アイルさんはお客さんが来るらしいので案内出来ない、とボーイから説明された。

なので、もう一人の主任にキャッチ場まで案内されるようだ。

すごく面倒くさそうな感じで、その主任――牙狼さんが道を歩く。俺とDは二人で彼の後ろについていった。

時折あくびをしながら、牙狼さんが道を進んでいく。「寝てないんすか?」とDが聞くと、牙狼さんは頷いた。

「昨日アフター付き合わされてさ。ほら、昨日お前がヘルプした奴。めっちゃ最悪や。全然寝れへんかった」

イライラした様子で、吸っていた煙草を地面に勢いよく投げ捨てる。

「とかいって、結局エッチしちゃったんでしょ?」

そうDが言ってみると、牙狼さんはフッと笑みを見せた。どうやら彼は下ネタ系が好きらしい。

「まぁな」

アハハ、と二人が笑う。俺も会話には参加していなかったが、愛想笑いをしておいた。


三人でキャッチ場へと向かうと、残りの従業員がキャッチをしていた。

キャッチとは、「店に来ませんか?」と女性を勧誘する行為である。もちろん、ポリさんには気をつけなければいけない。

「見つかったらナンパで通せ」

俺とDはキャッチをする前に、そう強く念を押された。


キャッチは基本的に二人一組で行うらしい。

俺はDとではなく、キョウスケという従業員と組む事になった。もちろん、一人で話しかけに行っても良いし、キョウスケさん以外の従業員とたまにはキャッチしても良い。だが、基本的にはキョウスケさんと二人で、らしい。


キョウスケさんはそういう教えるのが大好きな人らしく、俺に優しく説明してくれた。

といっても――

「大丈夫、大丈夫、ナンパみたいなもんだから」

だけの説明で終わったが……。


俺は適当にやっていたが、結局話しかけても言葉を返してきてくれる人もおらず、全員に無視された。

次第に、どう話しかければ良いのか、という事すら分からなくなって、話しかけに近づいても、何も話さないまま素通りされる、という形になってしまった。他の人はどんな風にやっているんだろう、と思っても、小さい声で話しかけているし、周りがうるさいしで、聞けない。

どうすれば良いんだ? どうすれば?

と自問自答するが、答えはない。初日にして、少しやる気のそがれる思いがした。


「まぁ、最初はこんなもん」

と、キョウスケさんは言ってくれたのだが――


落ち込んだのは言うまでもない。

 俺達は再びソファーで待機する事になった。

 その間にさっきの伝票の復習でもしときー、とアイルさんに言われたが、俺もピアスの男も、する気はない。


 煙草に火をつけ、吸っては吐き、吸っては吐く。それだけの、沈黙が続いた。

 初対面なので、こういう時にはどちらかが話しかけなければずっと沈黙が続くものだ。

「そういや、名前何にしたん?」

 そう話しかけてきたのは、ピアスの男の方だった。

「Kにしました。……名前何にしてるんすか?」

 俺は敬語を使いながら、男に質問した。が、突然彼が笑い出す。

「そんな敬語使わんでえぇよ。俺昨日入店したばっかだし」

「え、そうなんすか?」

「うん。やから同じラインやん? 敬語必要ないっしょ」

 そうは言われても、最初に敬語を使っているので、いきなりタメ語にするのは気が引ける。俺はそのまま敬語を使う事にした。


「俺はDって名前にした。もちろん、源氏名だけどな」


 ピアスの男。彼がDだった。

「歳、いくつなん?」

 Dが聞いてくる。

「ハタチっす」

「若いなぁ! 羨ましいわ~。俺、もう22。おっさんや」

「いやいや、Dさん全然若いっすよ!」

 そんなとりとめのない会話が繰り返され、時間が過ぎていく。

「なんで、ホストやろうと思ったん?」

 そう聞かれ、俺は言葉に詰まった。とりあえず、何か笑いを取らなければならないのか? と思い、

「ホストクラブが俺を呼んだから」

 とか言ってみると、Dは大爆笑した。


 暫くして沈黙に戻る。ソファーの前にあるガラスのテーブルには、風俗店の情報誌が置かれている。

 俺もDもそれをめくって、ほうほう、と頷いたり、煙草を吸ったりして時間を潰す。たまに会話をして、また風俗情報誌。さすがに初対面だから、会話が続かなかったのだ。

 そんな沈黙を破ったのは、店のドアが開く音だった。

 そこから現れたのは、以前エイジさんやDと一緒に俺に話しかけてきた男。

「お前等、何してるん?」

 眼鏡で小太りの男が、俺とDを睨み付けてくる。別に、俺達はサボっているわけではない。

「アイルさんにここで待っ――」

「指示待ちです」

 俺が説明しようとすると、それより先にDが簡潔に一言で説明した。それを聞いて、男がボリボリと頭を書く。

「あー、アイルさんまた忘れてんな……」

 そう言い、男は店の中へと戻っていった。

 気が付けば、待機を指示されてから一時間経っていた。


 後でDに聞いてみたところ、あの眼鏡の男はボーイらしかった。

 カウンターでビールやカクテルを作り、テーブルに持ってきてくれる人なのだそうだ。実は一番触れ合う機会が多いから、仲良くしといた方が良い。そうDに説明された。


 二十分後、ボーイが戻ってきた。

「キャッチ行ってこい」

 無愛想な顔だった。彼の表情はこれが基本らしい。

アイルさんの顔は少し赤かった。お酒を飲むとすぐに顔に出るタイプらしい。

俺的にはこの人だけが一番ホストらしいと思っている。顔がめちゃくちゃ格好良いし、伝票の教え方も面白おかしく教えてくれた。バイである俺は、正直この人に一目惚れをしていたのかもしれない。


伝票の付け方を教わった後、暫く俺と蝶のピアスの男は、二人で指示を待っていた。

その後、戻ってきたアイルさんに指示され、俺とピアスの男は二人で店の中に戻った。

が、すぐに足を止める。

店を入ってすぐ右側には、ブランデー等が置かれている。高級なブランデーを頼んだ後は、ここに置かれるそうだ。よく見てみると、ボトルの首には従業員と女の名前が書かれたプレートがかけられていた。


五段あるその透明ガラスの棚には、沢山のブランデーが置かれていた。

一番名前が多かったのは、「エイジ」。後でアイルさんに聞いてみたところ、あの田舎臭い男――つまり、ナンバーワンの名前だった。正直驚いたものだ。一段びっしりと、エイジの名で埋め尽くされている。


ボトルを見た後、俺とピアスの男は左側を見た。

そこには写真が飾られていた。従業員の顔写真だ。胸から上が撮られており、皆様々なポーズを取っている。

「これ、売り上げ順で変わるから」

そうアイルさんは説明した。


ピラミッド型をしているその並びの頂点にあるのは、エイジさんだった。

それからは左→右に順位が下がっていくらしい。

二番目はカイさん。三番目はもう一人の主任。

――アイルさんは四番目だった。その後に、他の従業員の顔が並んでいる。

俺とピアスの男の写真は、まだ載っていない。

「二週間後ぐらいに写真撮影するから。その時までに辞めんなよ?」


アイルさんはそう言って軽快に笑ってみせた。





ミーティングが終わった後、俺はとりあえず伝票の付け方を教えられた。


主任のアイルさんに案内され、面接の時に通された店の前のソファーに座った。俺の隣には何故か左耳に蝶のピアスをした男もいて、一緒に伝票の付け方を教わったりしている。


セットとチャージがそれぞれ2000円。計4000円。

ビール、カクテル、ソフトドリンク等のドリンク系が一杯1000円。

ブランデーやワインなどは種類によって値段が違った。メニュー表を見せられたのだが、一本1万円のものもあれば、100万円のものもある。

……メニューには書いていないが、200万円のものもあるのだという。正直、自分の価値基準とあまりにかけ離れた金額に、頭がクラッとした事を覚えている。

こんなの誰が頼むんだ? てか、現金でポン、と100万や200万なんて出せるのかよ!?

とか思ったのだが……そこはあの「未収」というものがあるらしい。

今日は教えない、とアイルさんは言った。まだ、必要のない技術らしい。


お客さんは、一時間そこにいるだけでも4000円。さらにドリンクを飲んだら1000円ずつ加算されていく。ブランデー等は常連の人か、イベントの時ぐらいしか頼まないそうだ。


とにかく、それに加えてサービス税……TAXというものがつくらしい。

それは20%らしい。きょうび、5%の消費税と比べたら馬鹿馬鹿しいパーセンテージだ。

つまり、一時間いるだけでもお客さんは4800円とられる事になる。

ただ、それでは敷居が高くなってしまうので、初回の人には一時間2000円TAXなし、ドリンク飲み放題でサービスを提供しているらしかった。


お金の計算は何となく得意ではあるのだが……桁がでかすぎて混乱してしまったようだ。教えられた後にテストをしたのだが、何度か間違ってしまった。アイルさんは優しい人で、笑って許してくれたが。


隣で同じく伝票の付け方をならっているピアスの男も、俺と同じく間違えまくっていた。

どうやら、計算は苦手らしい。


何となく親近感が沸いて、目が合った時に俺と彼はハハ、と軽く笑った。

 翌日。俺は再び店に行った。

 面接の日は夜中の一時だったのだが、今回は二十時。店が始まるのは十一時からなのだが、三時間前に集合がかかる。従業員の全員が店の中にいた。だが、疲れているのか、まだ仕事開始ではないからか、大半が寝ていた。


 この時に知ったのだが、カイさんは「マネージャー」という役職の人だったらしい。正直、俺は店長だと思っていたのだが、別にいるようだ。

 役職についているのは他に主任が二人。

 店長、マネージャー、主任二人。それに、従業員が五人。俺を入れて、全部で十人だ。

 この人数は、他の店に比べると少ないほうだと後で知ったのだが……どうやら、俺が入る一ヶ月前に、事件があり、大半が辞めてしまったのだそうだ。それはまた後日書くとしよう。


 店に着いた俺は、他の従業員が掃除を始める中、主任の一人に案内され、自分のサイズにあうスーツを選んだ。情報誌に書いていた「高級ブランドスーツ無料貸与」というのは事実だったらしい。……この時は後で金を請求されるのではないかとビクビクしていたのだが。


 スーツを選んでいる間、俺はソファに座る三人の男に話しかけられた。

 左耳に蝶のピアスをした男に、小太りの眼鏡姿の男、田舎臭い男。

 ……どれも不細工だ。

 正直、俺はそう思った。こんな奴らがホスト? ホストってこんなものなのか? と。カイさんもたいがい三枚目な顔をしていたのだが……。それでも、俺は右も左も分からない状態。愛想よく彼らと接し、話した。すぐに仲良くなれた。


 スーツを選び終わり、掃除を手伝った後、俺達は店長を囲んで椅子に座った。

 店長の言葉「全員起立」で全員が立ち上がる。

 その後、マネージャーが時計を見て言う。

「22時05分。これからミーティング行います。おはようございます!」

 従業員全員で「お願いします!」と言った後、店長が一人一人の名前を呼び始めた。

 俺は今日入店したばかりなので、一番左側におり、一番初めに名前を呼ばれた。俺はミーティングの前に説明されていた通り、「おはようございます!」と言った。しかし、「声が小さい!」という店長の一喝。もう一度言う羽目になった。

 その後従業員が一人ずつ挨拶をする。確かに、俺とは違いみんな声が大きかった。

 俺はいきなり店長に一喝された事に若干辟易しながらも、その後のミーティングを周りをキョロキョロと見ながら続けた。

 挨拶の後は、一人一人今日の予定を報告する。


 俺はその時に気づいた。この座っている順番が、先月の売り上げ順なのだと。

 そして、一番右――つまりナンバーワンの男が、田舎臭い男で俺が不細工、と見た男だった事に驚いた。

 こいつがナンバーワン?

 正直そう思ったものだ。こんなやつがナンバーワンなら、俺楽勝じゃん、とか考えてしまったものである。

 後にそれが大間違いだと気づいたのだが……。


 一人一人がその日の予定を言った後、最後にマネージャーが言った。

「今日も最終ラストまでのお付き合い、お願いしやす!」

「お願いします!!」

 従業員全員の声が重なったが、俺だけはワンテンポ遅れてしまった。

 私は書きたい事がたくさんある。しかし、その色んな話をするには、その前に色々とホストの世界を知ってもらわなければならない。順序が必要である。

 そのため、私がホストになる少し前のところから、話を始めようと思う。


 予め言っておくが、これから出てくる人物の名は源氏名という職業用の名だ。

 だが、この場ではその源氏名すら、全て現実とは違うものにさせてもらう。


 アルバイト情報誌を見て、電話をかけたその日の夜の事だ。

 俺はその店に行き、面接を受ける事になった。

 正直、電話をする事にすら緊張していたのだが、それはさておき。詳しい場所が分からなかった俺は、担当の方と電話をしながら、店まで辿り着いた。

 店の入り口にある透明な扉。その横には待機用のソファが置かれていた。俺は担当の方・カイさんと出会い、そのソファで少し待たされた後、店の中に入る事になった。


 そこの店は、俺にとっては未知の世界だった。

 薄暗い店の中。

 壁一面に取り付けられた鏡。

 大音量で流れる音楽。

 一つ一つだけならば別にどうという事はない。ただ、それらが全て同じ空間に在るとこんなにも奇妙な世界になるとは思わなかった。


 店に入り、カイさんが面接を行う。

 初めに言われたのは、アルバイト情報誌に載っているものが嘘だという事だった。

 情報誌には、時給5000円や7000円などと書かれていたのだが。それらは全て嘘なのだという。これは、ホストが月に稼いでいる金額を時間給に割ったものだそうだ。といっても、これは一部の人間の給料。大抵はこの割合を大幅に下回っているのだという。

 俺は面接を受けるまで、その事実を知らなかった。少し驚いたが、それを表情に出さずに平然とした態度で、俺はカイさんの説明を聞いた。

 ホストは完全歩合制だ。

 稼いだ金の何十パーセントかを店に渡し、残りが自分の給料になるのである。未収という方法もあるのだそうだが、カイさんは分かりにくいだろう、と言ってその時は説明しなかった。


 正直、俺は完全歩合制と聞いて、胸が躍るようだった。

 何故なら、これまでのアルバイトに不満を感じていたからである。

 どんなに頑張っても、時給は一定で変わらない。もし変わる所だとしても、それは店長や役についている人に見られていて判断されないとあがらないのだ。俺はその店長に「見せる」という行為がどうしても出来なかった。店長達に媚を売っているようだったからだ。だから、この「結果」が収入につながるという事が、ひどく魅力的に見えた。


 面接をするだけでは、そいつが売れるかどうかは分からない。

 そう言ったカイさんは、とりあえず、という形で俺を採用した。よほどの事がないかぎり、採用されるらしい。


 こうして、俺はこの時点で「ホスト」になったのである。

想像つかないかもしれないが、ホストを辞めた後は全てが怖い。

 

何が怖いって……ホスト自体が怖いのだ。

それまで自分がホストであったというのに、何故か怖くなってしまうのである。それも、一人でいる時限定である。友人や恋人が一緒にいる時ならば平気なのだから不思議だ。

何故なのか。

劣等感を抱くからである。

「あぁ、こいつらは輝いている。それに比べて今の俺は……」

そんな錯覚に陥るのである。

辞めたり、飛んだり(店長などに報告なしで店を辞める、消える)した自分が、間違った選択をしてしまったような気分になってしまうのだ。

「まだ俺はやれていたんじゃないか?」と、自問自答し、自己嫌悪に陥ってしまう。

その店の周辺や、キャッチ場には行けなくなってしまう。

まだホストをやっている仲間と、連絡が取りづらくなる。これは、自分が一般人に戻ったため、会話がかみ合わなくなってしまうからだ。

そして、最も怖いのは――


仕事が出来なくなる事である。

「女と遊んで金がもらえる? 超ラッキー!!」

と以前書いたが、形的にはその通りなのである。楽して金が稼げるのだ。最も、収入は歩合なので努力しなければ低いのだが。加えて、超ブスな女ばかりなのだが。(綺麗な女性が客だと、俺の店では天使と呼ばれていた)

そういう仕事をしてしまった後は、どんな仕事も色褪せて見える。魅力的な仕事が見つからないのである。ホストを辞めた人間は、それがナンバーワンであれしょぼホスであれ、

「俺はホストをしていた」

という変なプライドを持ってしまう。あなたの周りにはいないか? 「俺昔ホストやっててん」と自慢してくる男が。そういう奴がいたら、即聞こう。

「へぇ、あんたナンバーワンだったの? 店ってどこ? どれくらい大きな店?」

質問攻めすれば、落ち込む可能性99パーセント。

そんな自慢する奴は気にせず傷つけてやっていい。そんな事言われて傷つくような奴だったら「しょぼホス」である。ばればれなのに「ナンバーワン」と嘯くやつも「しょぼホス」である。

仕事を続けていれば、そんな経験何度でもあるのだから。

普通なら、罵倒には慣れているはずである。


……話が逸れてしまったが。

ようするに、辞めてすぐのホストは、「ホスト以上に楽しくてお金の稼げる仕事というのは存在しない」という錯覚に陥るのだ。続けていれば続けていたほど、その人の視野は狭くなってしまっているのである。


俺は何とか立ち直ったが、Dはまだ立ち直っていない。

家賃や携帯代が払えず、俺に借りる始末。

そんなDに金を貸す俺だが、俺自身も親から仕送りをされている。しょぼくて、情けない男二人である。


このように、ホストを辞めてからも、ホストの影響力は持続する。

辞めた後はボロ雑巾のような男になってしまうのだ。