経験に囚われているのが、観えてくる | 『唯唯普通に生きる』

『唯唯普通に生きる』

肯定も否定もなく、スッとやる、をモットーに今日の自分を超えていく為の独り言です。

諸行無常、諸法無我が

わかれば、涅槃寂静が訪れる、

という真理は、


仏教を学んでいる人なら

誰でも論理では知っている。


今わかった事は、


全ては移り変わる、という事は

紛れもない真理なのに、


無意識では、

よくない想念が消えない時は、

それがずっと続くと思い込み、

扁桃帯が過剰反応して

焦りや不安が起こり、前頭前野の

活動が低下し、


反対に


よい感覚の想念が起きると、

それもまたずっと続くと思い込み、

反動で必要以上にテンションがあがり

希望を感じ過ぎてしまう。  


だけど今の希望は、本物の希望で

なく妄想だから、そこにいきつくまでの

本物のイメージがないので、

心が散乱して、懈怠が起こるから、

空虚な時間を過ごすと、いう因果関係が

より観えてきた。



よくない想念がでようが、

よい想念がでようが、


想念自体が、諸行無常なんだから

常に移り変わるとわかれば、

経験に左右されないで、

物事を捉えられるようになる、はずだ。


今は、自分の今までの経験でしか

物事を判断できない、つまり自我意識で

あり、


諸行無常、諸法無我、とか

言ってるのは、ポーズだけで、

本気で信じてなどいない、のが

観えてきてしまった。


また、一からやり直しだな。