わかると出来るの乖離に改めて気付くわかると出来るの乖離があったのは、何十年も前に気付いたが、今改めてさらに本質に気付く。出来なければ、本当にわかってなどいない。論理をいくら知っていても頭でっかちになるだけで、それが出来てはじめて、わかる、知っている、と言えるのだ。だから、今の自分は、何も知らないし、何もわかっていない、というのが本当の真実であり、この事を認めても、崩壊しない強さがついてきたという事でもあるのだろう。