量をやってない人に質を語る権利は本当にないのか? | 『唯唯普通に生きる』

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肯定も否定もなく、スッとやる、をモットーに今日の自分を超えていく為の独り言です。

本田圭佑が量をやってない人間に

質を語る権利はない、と言っているが、


なんとか必死に乗り越えたいと思い、

量をどんどん増やして潰れていった人が

どれだけいるかわからない。


物の道理や原理原則をしっかり把握して

質の意味をわかってから、量を増やした方が

無駄に怪我する事は無くなるだろう。


自分は、必死になりすぎて、

怪我ばかりの人生だったので、


本質がなんなのか?を心底知りたくなり

その情報までは辿り着いたが、


知ることと出来る事には、

途方もない差があるのも観えてきて、


またそれが、必死にやりすぎた代償の

歪みだから、歪みを治しながら

やるので、手間暇も時間も数倍かかる。


そう考えるとまずは質をしっかり担保

した事で量を増やす方があっている人も

多い気がする。