不求得苦の本当の意味 | 『唯唯普通に生きる』

『唯唯普通に生きる』

『感情』を超えていきたい人の戯言です。

御釈迦様の教えの、


四苦八苦の中に

不求得苦という、

求める事が手に入らない苦しみ、

というのがあるが、


これは、


煩悩的なものが

手に入らない苦しみ、


だとはじめは考えていた。


だけど、修行がどんどん進んでいくと、

じつは一番の不求得苦の本質は、


ダルマの教えの道理、という

絶対的真理が手に入らない、


という苦しみなのだ、

という事に気付き出してくる。


どんなに正しい事であっても

俗世間の煩悩にまみれて生きていると、


表面上は、慈悲に満ちた人でも、

最後のギリギリの所までいくと、

崇高なものに命を捧げる覚悟はなく、


悪気なく自分の保身とエゴに走るのを

まざまざと見せつけられて、


崇高な事を言葉だけでなく、

行動でも示し続ける、というのが

並大抵の覚悟では手に入らない、


まさに死ぬ気でなければ、

何も事はなせない、


という事を知った。


つまり、不求得苦というのは、

人の道を外さない、

道理に生きる覚悟、


という事だったのだ。