信、という行為は、
唯識では、心の51の作用の
根源であり、
一番ややこしくて難しいが、
一番大事だと以前に学んだ。
信じる、
というのは、無意識に信じていたものに
裏切られた時の事を、
始めから考えてしまいがちで、
そのトラウマからか、
なんとなく素直な気持ちで
捉えられなくなっているのに
改めて気付く。
自分を信じる、周りの人を信じる、とか
信用を積み重ねて信頼関係を作るとか、
理想ではあるが、その事が
わかればわかるほど、
難しさにも気付き、
ハードルが高すぎて
その意味を考えるのはしないでいた。
だけど、天風先生の、
信念の奇跡を毎日読んでいると、
信念とは、
肯定と否定もない絶対的な境地に
すっと入る事、とおっしゃっているから
何かを信じる、というのも、
何かの捉え方について肯定も否定もない
絶対的境地で捉える事、を
信じる、という事なのかもしれない。
そう考えると、捉え方が変わり、
信じる、という事ができるかもしれない。